真夜中の決意

 この世界は、二十年前に一度滅びた。

 二十年前に起きた次元震によって、突如世界のいたるところで異世界人が出現した。それはE.U.、中華連邦、神聖ブリタニア帝国、どの国も例外でなかった。出現した異世界人の数は当時の世界人口と同数、つまり異世界がそのまま移住してきたようなものであった。出現から暫くは各地で衣食住の問題が起きたが、結局どの国も争乱よりも融和を選んだ。それは神聖ブリタニア帝国も例外でなかった。異世界において緯度経度が同位置に存在した国家・ユニオンと合併したのだ。神聖ブリタニア帝国は、ブリタニアユニオンと名前を変え、国主を神聖ブリタニア帝国皇帝であるシャルル・ジ・ブリタニアが務めることになった。古くから排他主義を貫いている神聖ブリタニア帝国の現皇帝の選択には、誰もが驚いた。
 それは、齢十にも満たない幼いジェレミアにとっても同じだった。むしろ、代々皇帝の為に尽くす貴族の家に生まれただけあって、彼が受けたのはより強い驚き、いっそ心臓を鷲掴みにされたような苦悶ともいうべきものだった。九十七代も続いた尊き血筋に汚れた血が混じってしまったと、涙が零れていった。しかし宮殿に上がることも許されない子供に為せることなど何もない。幼き身を呪いつつ、悔しさを押し殺してジェレミアは成長していった。
 その激情が再び表に出たのは、それから数年後。コルチェスター学院を卒業し、宮中に警備兵として出入りを許された頃だった。守れなかったマリアンヌ皇妃。己の不甲斐なさを悔やみ憎んだ。
それからわずか数カ月後。宮中を念入りに見回っていた際に、皇妃の二人の遺児が本国から遠く離れたエリアで亡くなったと下卑た口調で男たちが噂話をしているのを目にした。立ち話を口さがない者たちに「滅多なことを言うものではない!」と叱責を飛ばした後、自分よりも階級が上の者だったと気づいたが、後悔はしなかった。
 日頃の勤務態度のおかげで軍法会議は免れたが、しばらくの自宅謹慎を命じられた。その間に、ゴットバルト家の者を使い、噂の真偽を確かめさせた。彼が絶望を運んでくるのと、謹慎期間が明けるのはほぼ同時のことだった。
それからのジェレミアは二人の遺児に惨い扱いをしたイレブンへの憎悪と綯い交ぜ、神聖ブリタニア帝国以外のものを排斥する気持ちが高まっていった。結果、軍内で神聖ブリタニア帝国の純血主義を貫く派閥を創設するに至った。ナンバーズだけでなく、いずれは異世界人も排除するという理念が込められているのは、幼き日に受けた衝撃が由来だった。

 十年弱の年月が流れた。軍功を幾度も挙げ、軍内で地位を認められるようになったジェレミアは、上層部にエリア11への駐屯を希望した。辺境伯ともあろうものが本国を離れるとは、と周囲や純血派の者たちには驚かれたが、未だテロリストが跋扈し情勢が安定しない地で手柄を上げたいのだろうと納得もされた。
 そういった思惑も勿論あったが、ジェレミアの根底を占めていたのは存在を忘れ去られた皇子と皇女の存在だった。彼らの最期の足取りだけでも知りたい、そう思っての申し出だった。この時ブリタニアユニオンにおいてマリアンヌ皇妃の名前は同時に軍の失態を思い起こさせるため、半ば禁じられたものになっていた。ましてや十年近くも前に敵国に送られて亡くなった二人の子供を思い出す者など、ジェレミアの知る限りでは誰一人としていなかった。
 せめて自分だけでも、彼がそう思うのも当然のことだった。
 そしてその希望はしばらく後に叶えられた。彼の軍歴・出身などを鑑みられ、エリア11の総督であるクロヴィスの元に管理官として転属となった。皇族の側に仕えられることほど、ジェレミアが希むものもない。本国では有り得ない程の好待遇だった。それは同時に、エリア11の情勢の不安定さを物語っていた。
 この地は既に、ブリタニア皇族二人の血を吸っている。これ以上の犠牲は出してはならない。ジェレミアは奮起した。テロリストの拠点を発見したとの報告があれば、管理官にも関わらず誰よりも先に突入し、誰よりも成果を上げた。イレブンをひたすらに狩り続ける日々が続く。立場を考えて欲しいと、この地で任命された彼の副官であるヴィレッタが度々苦言を呈したが、彼は止まらなかった。本来の目的であったはずの、二人の最期の足取りを探す暇もないほどだった。
 そうして潰したテロリストの拠点が大小合わせて七十を越えた頃だろうか。彼は自らの変化を感じていた。ブリタニア皇族が戦場にいると、ジェレミアは普段以上の力を見せたのだ。流石にクロヴィスが戦場に出ることはなかったが、継承順が下位の皇族となると話は別だ。現皇帝の子供はただでさえ百人に及ぶのだ。少しでも継承に有利な材料を増やさんと軍功を立てるために戦場に立つのは、さほど珍しい話ではない。
 始めのうちは、ただ単に興奮し気持ちが高ぶっているだけだと彼は思った。しかし、まるで自分の手足のように、KMFを操ることが出来た。飛んでくる弾丸が止まっているように見えた。戦場の気配を隅々まで感じることが出来た。そのおかげで、襲撃の際、裏口から逃亡したテロリストの逃げ道を察知し、先回りして殲滅することも出来たのだ。
 これは明らかに、気の持ちようという言葉では納得できないものだった。戦い続けるうちに、感覚が研ぎ澄まされていたのだろうか。ジェレミア本人にも説明のできぬ事態であった。
しかし、総督府での彼の評判はうなぎ登りだった。「流石はゴットバルト辺境伯」と、クロヴィスから直接労われたこともあったのだ。滅多にない名誉にジェレミアは歓喜で体を震わせた。クロヴィスの元で働くとはいえど、やり取りはすべて彼の騎士を介してのものだったのだ。ついに己は皇族に認められるほどに成長したのかと、涙が滂沱した。しかしそれ故慢心にも繋がった。
 その結果、彼を労ってくれた皇族を喪い、更には築き上げたその地位まで失う羽目になったのだった。

*** *** ***

 見渡す限りの砂景色。木は一本も生えていなかった。
 KMFの脚部に手を付き、ジェレミアは鬼気迫る表情でただ前を見据えていた。砂を孕んだ風が彼の頬に当たっているのも厭わなかった。砂漠に吹く特有の風。生まれ育った本国でも、エリア11でも感じたことのない物。それ故に嵐を感じさせる。
 クロヴィス亡き後エリア11の総督に就任したコーネリアの指示で、ジェレミアを始めとした純血派は国連の治安維持軍へと出向せざるをえなかった。神聖ブリタニア帝国のみによる世界の支配を願う純血派にとって、国連の存在は許しがたいものだ。その治安維持軍に所属しなければならない。これほど屈辱的なこともなかった。ここでの純血派はAEU、中華連邦、ブリタニアユニオンの三大国家から構成された軍のほんの一角に過ぎなかった。
 だが他国のAEUや中華連邦から出向を命じられたのは、ゼクス・マーキスやパトリック・コーラサワー、セルゲイ・スミルノフなど紛れも無いエース級の人間ばかり。それを見れば、この治安維持軍への各国の期待度が窺い知れるというものだった。ブリタニアからの人材もグラハム・エーカーやビリー・カタギリなど優秀な者ばかりだ。しかし、かつて陥れようとした名誉ブリタニア人・枢木スザクと共に配属されたことが、ジェレミアのプライドを傷つけ、腐らせていた。ただ、それだけが原因ではない。こうなったのも全てはあのオレンジ事件がきっかけだった。
 ジェレミアの脳裏にゼロが浮かぶ。その瞬間、奥歯をギリと音を立てて噛み締める。それだけでは湧き上がった衝動が抑えきれず、喉を右手で鷲掴む。掌に力を込めれば、血管が締め付けられ、脈動が指を通して伝わってきた。
 あの男のせいで味わった苦渋は並大抵のものではなかった。軍内での純血派の地位は失墜し、更にその派閥内でも塵芥のように扱われる始末だった。名誉ブリタニア人などに救われる羽目になったのも、全てはゼロのせいであった。
 両腕を掻き抱くと、パイロットスーツが寄れて耳障りな音を立てた。着ていることを忘れるほどに、身に馴染んだネイビーブルー。このスーツと愛機のサザーランドはまだ敗北を知らない。直接ゼロとKMFを用いて戦ったことはまだ無かった。
 ある筋からのタレコミで、この数キロ先にあるテロ拠点にゼロが現在所属している部隊ZEXISが鎮圧のために訪れると知らされていた。数時間後にそこは戦場になるはずだ。囮であるテロ組織をZEXISが壊滅させた直後、奇襲する作戦が立てられていた。治安維持軍を総動員した圧倒的数による鎮圧。かなりの勝率が見込まれていた。
 今日こそはゼロを討つ。決意を新たにすると、指先に力が漲った。
「随分と気が逸っているようですね、ゴットバルト卿」
 特徴的なバリトンの甘い声が、背後からジェレミアの鼓膜をくすぐる。声を掛けられるまで、人の気配にはまるで気づけなかった。己の散漫さに歯噛みしつつ振り返れば、そこには思い描いた通りの仮面を被った人物がいた。
「ライトニング・バロン」
 ジェレミアの口から漏れた通り名に、仮面の男は苦笑を漏らした。本名より先に通り名を呼ばれたため、ジェレミアの遠回しな厭いを察したのだ。顔の上半分を覆う仮面のため、彼の素顔は口元しか伺うことができない。しかし、それだけでも素顔は随分と整った美丈夫なのだろうと感じさせるものがあった。今しがた漏らした苦笑に関しても、どこか品のあるものだった。
 彼はAEUに所属するパイロットであり、ジェレミアとは国連治安維持軍を結成して初めて顔を合わせた。顔合わせの際にも、その後にも私的な会話を交わしたことは一切なかった。そのために、こうして彼から声を掛けられたことがジェレミアに困惑を生じさせた。
「なにか、作戦に変更でもありましたかな?」
 仮面で素顔を覆い隠した男、ゼクス・マーキスをジェレミアは快く思っていなかった。純血派にとっては、旧神聖ブリタニア帝国以外の者は排除してしかるべき存在であると認識している。しかし、上級特尉である彼はジェレミアより上官にあたる。そのため、口振りだけは丁寧なものであった。
「そうではない。君が気がかりだったのだ、ゴットバルト卿」
「私が? 何故でしょう」
 小首を傾け、目を眇める仕草は暗に「敵国の軍人である貴様に心配されるようなことはなにもない」と訴えている。全身から嫌悪を漲らせ、相対するゼクスにもそれが伝わっているはずだ。
 しかし、口元を穏やかに笑ませたまま、彼は続けた。少しの嘲りを声に乗せて。
「先ほど、私の部下であるコーラサワー少尉が君に失礼な真似をしてしまったからね。今し方様子を伺ってみれば、心ここにあらず。もしや、コーラサワーからオレンジと呼ばれたことで彼への怒りのあまり作戦に支障をきたしてしまうのではないかと」
 その瞬間、ジェレミアは憤怒で顔が強ばった。殴りかかりたい衝動を必死で押さえて拳を強く握りしめたが、殺し切れぬ怒りが拳を震えさせる。いましがたのゼクスの言葉は、軍人であるジェレミアに非常に耐えがたい屈辱であった。貴族である前に一軍人としての意識が強い彼には、任務遂行もままならないとの嘲りは見過ごせぬものである。
 しかし、それ故一時的ではあるが同盟を組み、かつ上官となった相手に逆らうことはできない。怒りに燃える瞳をギラギラと輝かせながらも、ジェレミアは静かに口を開いた。
「これから、私はゼロを倒すことが出来るのです。掛けられた疑いを晴らすのに、これほどの好機があるでしょうか。私は必ずゼロを倒します。いや、ただ倒すだけでは気が済まない。あの時私になにをしたのか吐くまで、水をたらふく飲ませて続けてやる! 何度も、何度も、何度も! そして息の根が止まる寸前に奴の仮面の下の素顔を全世界に公開するのだ!」
 自分の言葉に酔ったのか、はたまたその内容が実現したビジョンを想像したのか。ジェレミアの声は次第に荒ぶり、高まってく。目を見開き、口角を釣り上げ、頬が赤く染まっている。目の前にいる上官のことなど、忘れたかのようだ。
「結構」
 凛とした声に、ジェレミアは我に返った。見ればゼクスは先ほど浮かべていた穏やかな笑みとは打って変わり、口をきゅっと引き締めていた。
「君には十分な戦意があると私は確信したよ。安堵したと言っていい。共に戦う者が腑抜けでは、背後を任せるにしても不安が大きいからな」
 静かに告げられる言葉から親しみが伺えた。口調も穏やかなものになっている。おそらく、先ほどの嘲りは彼の本位ではないのだろう。今の口調のほうが、ゼクスから漂う上品さに合致している。
「ゼロの対処はゴットバルト卿、君に一任するとしよう。君の部下、ならびにクルルギ卿とうまく連携し、彼を撃破するといい。私から指示を出すと君の闘争心を削いでしまうかもしれないからな」
 口元を綻ばせたことからすると、それはゼクスなりの冗談だったようだ。ジェレミアは呆気に取られて放心していたが、やがて目の前に立つ上官と同じように笑みを浮かべた。
「お心遣い、感謝します。そして私はあなたを誤解していたようだ」
 それはジェレミアなりの謝罪だった。どうせ敵国の軍人、衆愚なAEUの人間だと侮っていた彼の無礼を詫びる、彼なりの敵国人への譲歩だった。
「では、作戦開始まではまだ時間がある。今のうちに英気を養うといい。もっとも、いまの君には不要なことだろうが」
 軽く右手を挙げ、ゼクスは背を向けた。彼には見えぬが、ジェレミアは目礼で返した。もし今ここにジェレミアを知る人物がいたら、その仕草は驚きを呼んだだろう。彼の神聖ブリタニア帝国人以外に対する冷徹な態度は有名だからだ。
 しかし、彼は道理を知らぬ人物ではない。その場で部下の非礼を詫び、その後の精神状態を確かめにわざわざ足を運び、さらには発破をかけ、その上ゼロへの攻撃を一任してくれたのだ。それほどの男に感謝の心を持たぬほど、純血主義は歪んでいない。
 この信頼には、結果をもって返す。改めて、ジェレミアは決意した。

 数時間後、ZEXISの三隻の巨大戦艦が囮に釣られて姿を見せた。国家や人種を問わずに集っている集団とあって、三隻の外観の間に共通したデザインというのは伺うことができない。そのいずれも実力は折り紙付きである。
 しかし、それも今日までのこと。ジェレミアはコックピットの中で口角を釣り上げた。歓喜が胸からせり上がる。モニターからは予想通りの速さで撃退されていくテロ部隊の様子が伺えた。時は来たのだ! サザーランドの操縦桿を握るジェレミアの拳は、高揚感に漲っていた。

 テロ組織を壊滅させ油断していたZEXISへの奇襲は成功し、彼らは虚を突かれ普段の実力を発揮出来ていないようだった。加えて砂漠と言うこともあり、数少ない飛行可能機体以外の動きは極めて鈍い。なおかつ、その機体には複数で攻撃しているため、援護に回る余裕などどこにもない。
 砂漠仕様のカスタムを施したサザーランドの中で、ジェレミアは笑いをかみ殺すのに必死だった。砂に足を取られて四苦八苦している赤い頭の無頼を見た時などは、どうしても我慢できずにコックピットの中で一人哄笑してしまった。
「勝てる! このゼロにならば勝てる!」
 散々に煮え湯を飲まされ、挙げ句にはクロヴィスを殺害するという人民として許されざる行為を働いた相手を、こうもやすやすと倒せるとはまるで思っていなかった。
 それが自分一人だけの力で為したわけではないのが、ジェレミアには若干の不満だった。が、ゼロを倒せるとなれば構いはしなかった。なにせ人の行いを外れた策を幾度も打ち出す相手なのだ、ここで倒せなければ一体どれほどの国民が犠牲になるとも知れない。
 ジェレミアのサザーランドに向けて飛んできたミサイルを軽々と避ける。足場の悪さなど、まるで感じさせない動きだった。先ほどからジェレミアは一切被弾することなく、敵に攻撃を当て続けている。砂漠仕様へのカスタムがあるといえども、これは異常な動きだ。現に、同じようにカスタムしているヴィレッタやキューエルの機体には被弾した痕がいくつも残されていた。
 高揚感に身を包まれていたジェレミアは、その事実に気がつくとハッと顔を引き締めた。そしてコンソールを操作し、ヴィレッタへの極秘通信回線を開く。僅かな時間で、訝しげに顔を歪めた浅黒い肌の女性がサイドモニターに写される。
「いったいこんな時に極秘回線とは何事ですか!」
「この戦場には、皇族は参加しておられるのか?」
 眉間の皺が深くなったヴィレッタだったが、その言葉の意図することを察して僅かに目を見開いた。言葉短く、少々お待ちをと告げると、手早く手元のコンソールを操作する。ここは最前線から離れているため敵が目前まで迫ってくるではないが、それでも先ほどのようにミサイルなどの遠距離攻撃は飛んでくる場所だった。安全とは言いがたい。そのため、自分のモニターから目を離してコンソールを操作するヴィレッタの表情に、焦りが浮かんでいる。
 しかし、彼女はエリア11に来てから目覚めたジェレミアの特殊能力を知っている。また、ヴィレッタからもこれまで敵の攻撃を回避し続けていた彼の動きを見ていただろう。先ほどのジェレミアの言葉と、その動きを脳内で結び付けるのは容易のはずだった。
「いいえ、ジェレミア卿! 現在この戦域にコーネリア提督はおられません! かの方のグロースターは依然総督府にあると反応が出ています! まだ、どの皇族もこの国連軍に参加している事実はありません!」
「では、敵戦艦に誘拐・監禁拘束されているという情報はないか!」
「……いいえ、リアルタイムで総督の生体反応は総督府にて健在! エリア11、ならびに本国、他のエリアにおいても、皇族の失踪などは十年前の一件を除き、データベースの変更はありません!」
 十年前の一件。ジェレミアの目が見開く。ゼロへの憎しみのあまり、忘れがちになっていた皇子と皇女。もしその二人が、もしくはどちらかが生存していて、死ぬために送り出したブリタニアへの恨みでテロに参加していたとしたら?
ジェレミアの手が操縦桿から離れた。反応が途絶えたため、心配に思ったであろうヴィレッタの呼びかけも、今のジェレミアの耳には届かない。
「あのマリアンヌ様の勇ましき血を引いておられるのだ。おそらくKMFいや、それに限らなくとも何らかの機体操縦には極めて秀でておられるはず。ZEXISで今目立っている者たちの身元を調べていけば、あるいは……?」
 今まで考えたこともなかった可能性に思い至り、思考が次々と湧き上がる。皇族がいる場では己の基礎能力が上がると実感してから、イレブン以外の者とKMFで戦うのはこれが初めてのこととなる。
 このままZEXISの者と戦い続ければ、もしかしたらマリアンヌ様の遺児を見つけることが叶うのだろうか。
 思ってもみなかった希望に、涙が自然と溢れていた。次々湧き上がる勢いで、頬を止めどなく涙が伝う。
「マリアンヌ様……ルルーシュ様、ナナリー様……」
 ジェレミアの頭に、すでにこの戦場のことなどなかった。そのため、ガンダムが一機突出したことも、その機体が自爆したことも、その足止めで国連軍に逃げられてしまったことも、それら全ては預かり知らぬところであった。
 
 *** *** ***

ジェレミアの思考と言語と行動を一致させるための再調整が一年弱の時を掛けて、ようやく終わった。意識があったまま、ひたすら水槽の中で開放の時を待ち続けていたジェレミアにとっては、五年十年にも思えるようなとても長い時間だった。
ただ、それだけの時間はジェレミアにとって良い方向に作用した。己にとっては倒すべき敵としか思っていなかったゼロという存在、その正体や理由について冷静に考察する余裕が生まれたのだ。かつては憎しみに囚われ、彼の素性など考える概念すらなかった。有り余る時間、次第に正常になっていく思考。ゼロについての一切の先入観を取り払うことができたのも、それらのおかげだった。

誰もが寝静まった夜更け。嚮団内に用意されていた部屋からジェレミアは足音を殺して抜けだした。念のために靴を脱いでいるため、石畳の廊下の冷たさが直に足裏に伝わってくる。さほどしないうちに、嫌になるほど見慣れている部屋が見えてきた。一年間、彼がガラス越しに眺めていた頭脳部だ。
昼間は動きまわる研究員で忙しい頭脳部も、こんな時間では誰の姿もない。そこら辺にあったコードを拾い、神経接続のプラグとPCとをダイレクトに接続する。今のジェレミアにとって、コンソールを操作するよりも遙かに早く、そして楽な手段であった。
 膨大なブリタニア軍の、帝国のデータが次々とジェレミアの脳裏に流れていく。自分の目的のためにブリタニアのデータベースにハッキングするなど、純血派時代の彼には考えられないことだった。彼にとってのブリタニアとは、至高であり不可侵であり、ハッキングなど考えもしなかった。学生時代には、国のデータベースへの進入に成功したと声高に自慢していた生徒に制裁を下したことがあったほどだ。
 目を閉じ、現実には存在しないデータを脳裏で眺めていたジェレミアは、カッと目を見開いた。今の彼でも容易にはたどり着けぬ最深部に幾重にもプロテクトが施されて保存されていたデータ。
 生きていた二人の遺児。一人は皇族へ復帰したが、残るもう一人は皇帝陛下にギアスを掛けられ、偽りの日常を送っていた。このまま、平穏な生活を送っている方が彼の身のためなのかも知れない。テロ行為に参加するなど、危険極まりない。いつ命を落とすとも知れないのだ。
 しかし、ジェレミアは彼の、ゼロの意志の強さを身を以て知っていた。もし洗脳が解かれていたその時は。
「今、お側に参ります。私の陛下!」
 一年前の淡い希望が現実となった喜びに、仮面がない右目から、涙が一滴こぼれた。


スーパーロボット大戦第二次Z破界篇におけるジェレミアの70機撃破ボーナス
「マップ上に皇族がいる場合、自軍フェイズ開始時に気力+10」
Written by BAN 0408 12

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