主の横暴、騎士の務め
「もう待てない」
朝目が覚めて、ジェレミアが最初に耳にしたのは主のそんな言葉だった。
その次に眼前に迫る主の顔。はて、これは一体どうしたことだろうと思っている間に焦点がぼやけ、唇に軽い痛みを感じた。下唇を甘く噛まれている感触は、情事への誘いを彷彿とさせる。
ちゅっ、と音を立てて離れた唇。ジェレミアは呆然と去っていくそれを眺めていた。
戦艦・斑鳩の自室のベッドに寝そべったままのジェレミア。主のルルーシュは、彼の胸の上に座り、何やら憤懣とした表情を浮かべていた。もう待てない、という言葉から、なにかに焦れているということは起き抜けで思考が鈍いジェレミアにも理解できた。逆に言えばそこまでしか理解できず、どうして主がここにいるのか、先ほどの行為は一体何かだとは一切不明だ。
まずは事態の把握に努めようと、ジェレミアは先ほどの口づけのおかげで湿っている唇を開く。
「おはようございます、ルルーシュ様」
「……おはよう」
寝起きで声が掠れてしまったため、少々聞き取りづらかったのだろう。ルルーシュの応えには若干の間があった。その声からは、なんらかの不満が感じられた。はて、昨夜までは至って普通の態度だと思ったが、一晩の間に何があったというのだろう。ジェレミアは数度瞬きをした。
「それで、ルルーシュ様は何故こちらに?」
その瞬間、ジェレミアは後悔した。今の言葉は少々直球すぎたと。言うべきではなかったのだと。
ルルーシュの目が眇められ、鎖骨のあたりに置かれた両手がギリギリと爪を立てている。地味に痛い。
「何故。そう、何故と聞くか」
わざとらしいため息まで吐かれた。それはジェレミアには、かなり堪えるものだった。
敬愛して止まず、彼の命令なら命を捨てるのも惜しくはない。生涯仕えるべき方だと忠誠を誓ったのだ。そのような主から、自分の行いが原因で吐かれるため息は、ジェレミアを焦らせる。
「申し訳ありません! ただ今の私の愚かな行いを恥じる所存です! どうかお許しを……」
マウントポジションを取られているため、寝そべる以外の何もできないジェレミア。彼が今できることは精一杯の謝罪だけだった。唇をきつく噛み締める。
「まあ、いい。俺も唐突だったことは否めないからな」
しなやかな指が、ジェレミアの唇へと伸ばされた。ひんやりとした冷たさが唇へと伝う。
慌ててジェレミアは唇に込めた力を抜いた。うっかり主の指を噛み締めてはまずい。その隙を見計らって、ルルーシュの指がジェレミアの口内へと侵入した。僅かに開いていた上歯と下歯の合間に無理やり挿し込む。そして、舌の表面へと達した。右へ左へと指を動かし、舌の表面を撫でる。
反射的に体がビクリと震える。胸の上に座っていたルルーシュにも、それが伝わる。
すると、彼は陶然とした表情を浮かべた。どこか楽しそうにも見える。実際、楽しいのだろう。震えた拍子に開いた口に、更に二本指を差し入れた。
「んふぅ……はぁ」
口内を嬲られて声にならない声が漏れてしまい、ジェレミアが頬を赤く染める。これではまるで情事のようではないかと内心叱咤する。ルルーシュ様はからかわれておられるだけなのだから、深く考えてはいけないのだ。ベッドに縫い付けられたように、ただジェレミアは身を固くして主の蹂躙に耐えていた。
「チッ」
それがルルーシュの癪に障ったのだろう。先ほどまでうっとりとしていた表情を一変させ、苛立たしげに舌打ちを漏らした。
ジェレミアの口内から、指が勢い良く引き抜かれた。指に残った唾液が唇や顎へと落ちる。ジェレミアがホッとしたのもつかの間、身を屈めたルルーシュの唇が口内を再度蹂躙し始めた。
舌は言うに及ばず、口蓋、頬の内側到るところを嬲られる。かと思うと、舌を口内から出し、顎に伝った唾液を舐め取り始めた。そして流れるように、首筋へと続き、そこでチリとした疼きを覚える。これには、先程から黙りこくって身を任せていたジェレミアも慌てた。
「ルルーシュ様、そこはマズイです!」
「……マズいだと?」
「そこだと服では隠しきれません!」
ちゅ、と音を立ててルルーシュが唇を離す。そこは喉仏から指が2本分程離れている位置だった。
「別にマズくはないだろう。俺が自分の所有物に跡をつけても、何の問題もない」
「いやまあ確かにそうなのですが……団内におけるゼロの社会的地位が」
「……一理ある」
ルルーシュの目には、はっきりと見える位置に残された痕が映っている。虫刺されと言い訳することも可能だし、ゼロが言うのならばと団員は納得するだろう。そもそも、面と向かってジェレミアにキスマークかどうか尋ねる人物がいるかどうかは極めて疑問だったが。
思案げに、考え事を始めたルルーシュを前に、ジェレミアは安堵のため息を漏らした。寝起きから早急にことが運びすぎて、考える時間が欲しいと思っていたところなのだ。正直に言えば、主から受けた痴態によって、一部がはっきりと反応してしまっている。この時間を有効に使い、早急に萎えさせる必要があった。
だが、策略家ルルーシュの思考時間はほんの僅かであった。ジェレミアが萎えさせる為の材料を脳裏に思い浮かべるより先に、主の腕が後ろへと伸びる。その先にあるのは、しっかりと反応してしまっているジェレミア自身だ。
「あ、ルルーシュ様!」
「なんだ」
「いや、この腕は一体」
「お前な、この状況わからないわけないだろう?」
はい、わかっていますとは、言いがたかった。なにせ、ここは黒の騎士団のアジトの戦艦で。周囲には疎まれているといえど、ジェレミアは毎日ゼロに付き従っているわけで。それが急に姿を見せないとなれば何を言われるか。
「まずいです、朝からはマズイですって!」
「すぐ済ませるから問題はない」
「いやでも、同じ部屋から出てくるとこ見られたら! っていうかルルーシュ様いま素顔じゃないですか!」
「ちゃんとゼロ装備一式持ってきているから問題はない。同じ部屋から見られても問題ない対応策が先ほど浮かんだ」
「いやでも……」
咄嗟に口から出る静止の言葉が、あっさりと跳ね返ってくる。ついには何も浮かばなくなってしまうが、それでもジェレミアには抵抗があった。それを見透かしたルルーシュはついに強攻策に出る。
体の向きを入れ替え、ジェレミアの顔に背を向ける形になる。そして上体を倒す。そうなると、ジェレミアの張り詰めた下衣が目の前にある。それを、ルルーシュなりの渾身の力で握りこんだ。
「あぁ、ちょっとそれは……」
「もう少し痛がれ!」
「痛くないわけじゃないんですけど、それほどまでじゃないと言いますか」
「……いい加減にしろジェレミア。俺は! お前が目覚めるのを今か今かと待っていたんだよ! ムラムラしてどうしようもなかったというのに、お前ときたらガースピ寝てるわ! 主の危機だぞ、もっと気がつけ!」
「はぁ、すみません」
「という訳で、付き合え。文句は言わせないし、言っても聞かない」
言うなり、ガサゴソとジェレミアの服を脱がせ始めてしまった。面倒なことになったなと思いつつ、これはこれで美味しい機会なので美味しく頂くことにするかと諦めの気持ちで、ジェレミアもまたルルーシュの体に手を伸ばした。
その日の昼間。黒の騎士団はひとつの噂が巡っていた。曰く、ブリキのスパイ野郎がゼロ自らに制裁を加えられたと。
ブリッジに立つゼロの後ろには、いつもどおりジェレミアが佇んでいる。その首には包帯がまかれていて、あながち噂は外れいていないだろうと騎士団員は納得していた。
ブリッジのスクリーンから見る空は、抜けるような青さだ。ジェレミアは不条理な気持ちを抱えつつも、主と同じ空を見ていた。
ジェレルルへの3つの恋のお題:もう待てない/見える位置に残された痕/同じ空を見ていた http://shindanmaker.com/125562
Written by BAN 0209 12