ナき声
「桜の鳴き声って聞いたことがありますか?」
桜色の短い袴を踊らせながら、無邪気に尋ねる巫女の問いを、大谷は一蹴した。一見すると人好きするようだが、よくよく聞けば、この上なく突き放す言い方で。
大谷は、この少女のことが好きではなかった。扱い易さでは一級であるため、そうした態度を表面に出したことはなかったが。箱入りで何の苦労もせず、世に悪意が溢れているなどとも知らずに育てられた、幸せさが憎かった。この巫女から出る言葉だけ聞けば、世界はなんと清く美しいものなのだと錯覚してしまう。実際はそうでないことを大谷は身にしみていたので、巫女のことも、巫女が吐く言葉も、すべて嫌いだった。
「それは残念です。さわさわーって桜が鳴くと、なんだか胸がぎゅっとなって、楽しいって気持ちが箱の中に閉じこめられるような気持ちになるんです。でも、それでも、悪い気持ちはしなくて、あの気持ちってなんでしょう? 大谷さんは頭がいいから、きっとわかるような気がします!」
自分の気持ちすら、満足に言い表せない少女に対して、大谷は空虚さを覚えた。こんな子供でも、兵を率いられる事態に、あの国もそう長くはあるまいと鼻白む。
「そろそろ行かぬか巫女よ。そろそろ三成が腹を……空かせているやもしれぬ。あやつは、ぬしが戻るまで箸を取らぬであろうからな」
放っておけば、いつまでも花びら舞う中で回り続けそうな少女に、声をかけた。三成の取りそうな行動を告げかけ、さすがに不味いだろうかと、続く言葉を変えてみれば、決して彼にはあり得ないだろう行動となった。しかし、その嘘臭さに巫女は気づかず、あわてて身を正した。
これまで一度も三成と共に善を並べていないというのに、その嘘にはまるで気づかぬ巫女に、大谷はひそりと口端を歪めた。
「とにかく、大谷さんも聞けるといいですね、桜の鳴き声が! もし聞けたら、その時どう思ったか教えてくださいね」
舞い散る花びらが、巫女の髪に絡みつく。
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地面に積もった花びらが、風に吹かれて弄ばれる。いくつかの花びらがまとまって、集団を形成し、その固まりごと地を這っている。
地面と花びらが擦れる際に、サワリと表せる音が聞こえる。塵や砂利の類かと見てみても、風に吹かれ地と擦れる集団の中には、そうしたものは見あたらない。
花びらもこうした物音を立てるのかと、大谷はどこか関心しながら、風の行方を眺めていた。
「なるほど、これが桜の鳴き声か。うまく言ったものよ」
吹かれた花びらは、地に伏した白い手に絡みつき、踊るのをやめた。薄桜色の花びらは次第に赤に染まる。
「われには、特になんとも思えぬな。風が強くて困る、ぐらいなものか。ぬしの期待した答えでなくて、すまぬなぁ」
物言わぬ巫女に、語りかける大谷を、傍らに立つ三成はうろんな目で見やる。裏切り者に制裁を下した瞬間から、三成の巫女への興味は消え失せていた。
「いつまで遊んでいる。さっさと先へ進むぞ!」
「まったく、ぬしはせっかちよなぁ」
そうは言いながらも、大谷も輿を浮かせる。二人の声は次第に遠ざかり、ついには聞こえなくなった。
サワサワと、桜の鳴き声が辺りに響く。それを聞く人間の姿はない。
Written by BAN 0414 11