独り善がりの愛情
四国へ行くことになった三成は身の回りの整理を始めた。元より私物を貯めこむことが少ない男だ、さしたる時間も掛けずに荷物はまとまった。大部分は秀吉や半兵衛から賜ったものばかりで、本当の意味での私物は殆ど無い。その僅かな、本当に僅かな荷の中に一つ異様なものがあった。丸められた跡が醜く残る書状だ。
その書状の表には、こう書いてあった。まこと愚かなる石田殿。明らかに三成を嘲るものであり、その書状を四国へ持っていくことなど普段の彼を知る者には実に理解しがたいものであろう。
続きには、こうある。
ぬしがこれを読んでいるという事は、われはそなたを始末しそこねて一人逝ってしまったようだ。われも詰めを誤ったものよ。既にそなたも知っているであろうが、徳川を長宗我部に始末させんとしたのはわれの計略。ぬしが嫌い憎んでいる「裏切り者」とは、まさしくわれよ。そしてそなたも知らぬうちにその一端を握っていたのだ。哀れな石田三成、貴公も裏切り者だったのだよ。その事実を抱え、生涯生きて行くが良い。そして今後は誰かを信用するなどという愚かなことはやめるのだ。ぬしもその愚かさを身を以て知っただろう。
内容は三成を激昂させるはずのものだ。事実、ひしゃげられた跡がそれを物語っている。しかし、その手紙は破かれることも捨てられること無く今もなお存在し、共に四国へ行こうとしている。
その本心を三成は黙して語らない。
Written by BAN 1207 10