ゆく年くる年
年の瀬で慌ただしい世間に違えること無く、ルルーシュとジェレミアの二人も忙しさに追われていた。数年の間の住まいとして買った家の掃除をしなければいけないとわかっていても、つい先延ばしにしてしまった二人は、今年の残り日数が両手両足の数より少なくなったころから、ようやく部屋の整理をし始めた。そのため、残るところあと一日となった今日になっても、まだ息の休まる暇がない。
リビングに散在する本だとかPDAだとか封筒だとかケーブルだとか宅配ピザのおまけだといったものを、二人は背中合わせで座りながら片付け合っていた。他の部屋の掃除はすべて終わっていた。一番面倒な部屋だけが手つかずで残っていたといっても過言でもない。
ルルーシュは担当範囲の中にあるジェレミアの私物を一通り集め、彼の判断を仰ぐために背中を叩いた。
「これはどうする?」
「要ります。ルルーシュ様が今お持ちの物は全て要りますとも。全部キープです」
「……お前、私物を減らそうっていう気があるのか」
「お言葉ですが、それはルルーシュ様にも言えることかと」
痛いところを付かれたルルーシュは、思わず唇を尖らせて黙りこむ。目の前に並んで置かれた二つの箱、要るもの箱要らないもの箱は明らかに前者ばかりが埋まっていたからだ。
百数十年をともに過ごすうちに、ジェレミアからルルーシュへの異常とも言える畏敬は取り払われ、こうして反論することが多々ある。たまにジェレミアのくせに生意気だぞ、とルルーシュの怒りを買うこともあったが、概ねその変化はルルーシュに受け入れられていた。敬称と敬語の習慣は未だ無くならないが、もしかしたらこれから先数百年を過ごして行くうちにそれも無くなるのかも知れないと二人は内心感じていた。既に年を数えるのをやめた二人にとって、それ程度の変化も誤差のうちだ。更にルルーシュはもしかしたら年を重ねるうちに、自分たちが何者かということすら忘れてしまうこともあり得るだろうな、とすら考えている。
既に自分が何のために生きているのか、その目的はとうに見失っている。 ジェレミアがいるから、毎日を生きているという状態なのだ。ゼロ、という単語を聞いても始めに思い浮かべるのは、数字の0だ。金利がいつになったら0%台から増えるのかと、銀行への憤懣を覚えたあと、そういえば昔自分がそう呼ばれていたこともあったと思い返す。
ルルーシュにとって、過去と未来というのは頭から抜け落ちていた。智将と呼ばれたゼロの姿は最早ない。今ここにあるのは、どうしたら部屋が片付くのかと思考を巡らせるだけのただの男だった。
「……ではこうしたらどうだろう。お前の物は俺が整理する、俺の物はお前が整理するというのは」
「嫌です。ルルーシュ様の整理は捨てるってことじゃないですか。なんでもかんでも捨てられたらたまったものではありません」
「そうしないと片付かないだろ!」
「ルルーシュ様は極論すぎるのです!」
「じゃあどうやって片付けるつもりだお前は!」
「ルルーシュ様ともあろう方が逆切れですか? 少々みっともないと思います」
「……知るか! もういい、お前一人で掃除しろ!」
ルルーシュは荒だたしく部屋を飛び出してしまった。その後、ジェレミアの耳に玄関の扉が開き、そして閉じた音が届く。一人残されたジェレミアはため息をついた。結局、片付けは私一人でやらなければならないのかと。あれしきのことでルルーシュが本気で憤慨したとは思っていない。せいぜい気分を多少害したくらいだろう。今頃、片づけを自分一人に押し付けたことにほくそ笑んでいるだろうと推測する。うまいこと出し抜かれ、貧乏くじを引かされた自分の不幸さをただ呪うばかりだ。ぐるりと首を回してこの部屋を見ても、気分が萎えていく。
「そろそろ、限界か」
ルルーシュに遅れること少し、彼もまた家を飛び出した。
一方、ルルーシュといえば、ジェレミアの予想通り悪人面でほくそ笑みながら、家の近くの道をのんびり歩いていた。整頓の煩わしさから解放され、清々しさすら覚えている。残りはジェレミアがぼやきながらもすべて終わらせてくれると期待していた。3時間もすれば掃除も終わっているだろうと、本屋に足を向ける。PDAが中心の現代だが、まだ本というものに需要はある。あの紙の手触り、いつでもどこでも読むことができ、電池切れを起こさない。暗闇で読めないのと場所を取るのが難点だが、それを補って尚ルルーシュはいまだ本に拘る。家を買うのにこの土地を選んだのも、代々営業している老舗の本屋があるからだった。
今日はどの本を買おうかと気分を弾ませながら動いていた足が、本屋の前に来ると止まった。不快気に目が眇められる。
「お待ちしておりました」
「掃除はどうした」
「それは私の方から言わせていただきたい」
入り口の前で、ジェレミアが仁王立ちしていた。確実にここに来ると予想していたのだろう、自信有り気な表情を浮かべていた。
「あれくらいで私を騙せるとは思わないほうがよろしいかと。一体何年の付き合いになると思っているのですか」
「そんなこと覚えていると思うのか? この俺が」
「質問に質問で返さないで頂きたい。……ルルーシュ様にひとつ、提案があるのです。おそらく、喜んでいただける類の」
「お前がそこから退いて家に帰り掃除を続ける。俺は本を買って帰る。つまりこう言いたいのだな? 素晴らしい伴侶を持てて俺は幸せだ」
「あの家、出ませんか?」
ジェレミアの一言は、戯言しか吐かないルルーシュの口を黙らせるほどの効果があった。僅かに目を見張り、目の前に立つジェレミアを見据える。二人の間に沈黙が漂う。ジェレミアは、何故家を出ようなどと言ったのか説明せず、ルルーシュもまた説明を求めようとしない。
ようやくルルーシュは戦慄きながらも口を開いた。
「ジェレミア。やはりお前は素晴らしい男だ!」
「お褒めに預かり光栄です」
「そうだな、新しく家を買えば掃除なんてしなくて済むわけだし、物も買い直せばいいだけの話だしな。それにあの家にも長く住んだ」
「私たちからすればほんの10年でありますが、一般的に見れば容姿が変わってしかるべき年数ですので」
「頃合いだ。全く、何故俺は掃除などにこだわっていたんだろうな! 長生きすると発想が凝り固まってしまうのが難点だ。その点ジェレミアはいつでも柔軟な発想で実に素晴らしい」
「全てはルルーシュ様のために」
「そうと決まれば早速家探しだ。今度は暖かいところがいい。冬の寒さにはもう懲りた」
「では、南へと向かうことにしましょうか」
「そうだな。じゃあこのまま空港へ行くぞ」
「はい、ルルーシュ様!」
人間の理から外れた二人は、人生を実に謳歌していた。
Written by BAN 1231 10