百回死んだ男

 100回までなら殺しても生き返りますよ、とその男は保証書を手にやってきた。なんでも俺が世界でも有数の野心と復讐心と愛情を兼ね備えた希有な存在だから選ばれたそうだ。
 そんなどうでもいい選抜方法はともかくとして、そいつは始めに言った言葉のとおり何度でも生き返ってみせた。
 最初に死んだのは俺が胡散臭そうな目であいつを見たためだ。右腕の暗器で自分の首を掻き切ったのだ。流石の俺も目の前で人が死なれることに慣れておらず慌ててしまい、咄嗟に血が勢いよく飛び続ける首を押さえたのだった。自分の服が見知らぬ変人の血で染まっていくのにいい気はしなかったが、かといって目の前で死なれるのもゴメンだ。服に赤い模様が広がっていくのに反して、血の噴水は勢いを弱めていった。心臓が止まってしまったのだろうかと慌てていたら、不思議なことに俺の手や服についていた血が急速に男の首に戻っていったのだった。
 これにはかなり驚いた。俺史上ベスト10にランクインするくらいに驚いた。そして飛び散った血が全て元に戻り、直前まで起きていた惨劇が跡形もなくなった頃、失血死するはずの男は信じていただけましたでしょうか、と言葉を発したのだった。
 内心こんな摩訶不思議でも目の前で見せ付けられれば信じざるをえない俺だったが、どんな場合にでも生き返るのか好奇心で男に4回ほど自殺させてみた。溺死焼死窒息死圧死。いずれも常人ならそう名付けられることを試してみても、男はすぐに生き返り、信じていただけましたか? と尋ねるのだった。
 あいつが5回死んで、どんな状態からでも生き返ることを確認し終えた時に名前を聞いた。これから長いつきあいになるのに名前を知らないままでは不便だったからだ。
 ジェレミアと呼んでくださいと男は誇らしげに笑った。この短時間で5回も死んだのは初めてですと、そうさせた俺を敬っているようだった。その価値観に反吐が出そうだったが、笑顔で手をさしのべた。
 こいつは俺の復讐に多いに役に立つだろう。そう確信したのは男が10回死んだときだった。
 俺の復讐とは、身にあまる権力で妻子を苦しませた父親をおとしめ、苦しみ抜いた末の死を与えることだ。幼き日から漠然と抱き続けた計画は、男が現れてから現実のものとなった。
 それからジェレミアは俺の復讐のために死に続けた。父親の現在の住まいや生活習慣を調べるだけで5回死んでしまった。あいつの警戒心の高さと物騒さに呆れてしまったが、死なせるだけの価値はあった。
 父親へのいやがらせの為に奴が外を歩くときを見計らって奴の歩くすぐ先でジェレミアを爆死させた。その回数は実に20回に及ぶ。3ヶ月でそれだけ死んだのは初めてですとジェレミアはうっとりしていた。その表情をみる度にジェレミアを死に追いやる躊躇が薄れていった。喜んで死んでいるのだ、何も構いやしない。
 ジェレミアを殺させるのに何の感情すら浮かばなくなったのは死亡回数が40を越えた時だった。奴を使いこなすのが当然であり、俺の命令で死んでいくことに申し訳なさや感謝を覚えることすらなくなった。
 その頃父は4日に1度は目にする肉切れに参って家に引きこもるようになっていった。俺は奴の部屋の窓から見えるようにジェレミアに細切れになって死んでみせろと命じたところ、うまい具合に爆破してみせ肉片を窓に飛び散らせたのだ。俺からは見えなかったがその時に聞こえた叫びからあいつが浮かべただろう表情を想像すると久々にジェレミアに感謝の念を抱いた。父が呼んだ使用人が部屋にかけつけるより早く再生して、ありもしない肉片に怯える狂人という印象を使用人に与えることまでしてみせたのだ。労ってやるのも至極当然だ。
 帰宅したジェレミアに感謝の言葉を述べると顔を赤らめながら、あなた様のお役に立てて光栄ですと述べた。その謙虚さに胸を打たれたわけでもないが、そういえばこいつは腹上死というものも出来るのかなという考えが首をもたげた。
 浮かんだ好奇心を確かめずにはいられない俺はその夜寝室にジェレミアを招いて戸惑う奴と体をつなげた。俺に飲み込まれながらも、いったいなにが起きているのかさっぱりわからないという表情をしていた奴は、俺の中に精液を残す段階になっても現状を理解していなかった。
 出すものを出しておきながら、そのあまりの間抜け面に苛立った俺は必ずこいつを腹上死させてやると決意した。その後様々な体位で精を搾り取ったが奴はなかなか死ななかった。
 それからしばらく昼は父親の目のつくところで肉をまき散らせて死に、夜は俺に精魂を搾り取られる生活が続いた。
 俺の尻穴が奴の性器の形になじむに行くにつれて、父親の精神状態は悪化していった。カーテンを閉めて日中でも暗い部屋に閉じこもり、食事は野菜しか受け付けなくなっていったようだ。俺は復讐の手応えを確かに感じ取っていた。

*** *** ***

 ジェレミアが死んだ回数が60を越えたぐらいのある日、俺はジェレミアと2人で街を歩いていた。死んだ場所を本人の解説つきでツアーリングしていたのだ。死んだ回数が折り返し地点を越えると、死亡現場もそれと同じだけの数になる。つまりそれだけ父親が驚き震え恐怖した回数なのだ。ジェレミアの死が増えることはとても気持ちのいいものだった。
 そんな浮かれた俺をめがけて、背後から轟音が迫ってきた。振り返ってみると居眠りをした運転手の車が猛スピードで突っ込んでくるではないか。
 俺はジェレミアを数十回死に追いやったにも関わらず、恥ずかしくも自らに迫る死を恐ろしく思った。恐怖で体が動かない。ああ俺はここで死ぬのか、ジェレミアが100回死ぬより先に。俺が死んだらジェレミアはどうなるのだろうか、残った40数回を俺以外の誰かのために使うのだろうか。咄嗟に俺が考えたのはそんなことだった。
 しかし隣を歩いていたジェレミアに突き飛ばされたことでそのとりとめもない思考は終わりを告げた。直後に鈍い衝撃音が辺りに響きわたった。タイヤが悲鳴を上げ、道路に黒い痕を残した。俺はジェレミアに助けられたのだな、と気づいたのは一瞬の沈黙の後、あたりがざわめき始めた時だった。
 死んでいて欲しくないと、初めて彼の無事を祈った。不死身の男の無事を祈る滑稽さなど思いもしなかった。
 ずいぶんと遠くに飛ばされてしまった彼の元に駆け寄るとぐったりと体を横たえていたが、息はあった。そのことに何故だかほっとした。彼が生きていることがこんなにも嬉しく思うだなんて。
 傷の再生を終えたジェレミアが目を開けると、思わず俺は抱きすがった。驚いたジェレミアが戸惑った声をあげたが、それも俺を喜ばせるだけだった。

*** *** ***

 以来俺は彼の死を恐れるようになった。ごく普通の人間としてのふるまいを彼に求めた。ジェレミアは当初、自分の存在意義を失ったと打ちひしがれていた。だがありのままでいて欲しいと俺が懇願すると、俺の願いに沿ってくれた。これまでのことがあり、俺もすぐには態度を変えられず邪険にしてしまうことが多々あった。そんな俺にもジェレミアは変わらない優しさで包んでくれ、少しずつだが素直になることができた。それに比例するように父親への復讐心は影を潜め、今の生活が末永く続くことをただ願うようになった。
 しかし、そんな生活も数年で終わりを告げた。
 神経衰弱からすっかり回復した父が一連の事件を調べ始め、全てが俺の仕業だと突き止めたのだった。散々コケにされた父は俺を殺すことで憂さを晴らそうとしているのだろう。ある日家に手榴弾が投げ込まれた。遅い朝食を食べていた俺は向かいに座っていたジェレミアが飛び掛ってきても、何が起こっているのかさっぱりわからなかった。爆音でジェレミアの肉体が吹き飛んだことで、ぬるま湯につかったかのような生活は砂上の楼閣だったことに思い至った。そこから俺たちの逃亡生活が始まった。
 ジェレミアは瞬く間に死んでいった。すぐに俺を殺してしまうより、外堀を埋めていくほうが俺にとって効果的だと思ったのだろう。それは正しかった。目の前で痙攣して息絶える彼に何度涙しただろう。耐え切れず、ジェレミアに俺を殺して欲しいと頼んだのも両手ではきかなかった。
 ジェレミアの残る生が10回を切った時、俺は白旗をあげた。このままのペースではジェレミアはすぐに残りの回数を使い切ってしまう。彼は喜んで俺のために最後の命を捧げるのだろう、遺される俺のことなど考えもせず。そんなのはご免だった。
 俺は父親に直接会うことにした。ジェレミアを薬で眠らせ別れの口付けを済ませて、隠れ家の床下に隠した。どうか見つからないで欲しい。そして目覚めたときに自分を探さないで欲しかった。
 そうして俺はそこまで迫っていた父直属の部隊へと投降した。父の目の前で死ぬから彼を許して欲しいと伝えると、麻酔弾が返ってきた。相変わらずのやり方に奥歯をかみ締めたのがその時の最後の記憶だ。
 目が覚めると目の前に父親がいた。数年前は痩けていた顔が丸くなっていて、浮かべている嘲笑が醜いなと思った。前の俺だったらたっぷりと嫌みでデコレートして率直に気持ちを告げてるところだったが、今の俺には守るべき者がいる。この男の前にいると苛立ちで我を忘れてしまいそうだったので、縛られた身ではあったが銃かナイフを望んだ。
 久方ぶりに親子が対面を果たしたというのに第一声がそれかと嘲られたが仕方がない。いくら復讐心がなりを潜めたと言っても消え失せたわけではないのだから。
 父は俺を嘲り蔑む言葉を投げ続けたが、俺は早く死にたかった。時間が経てばジェレミアがここへ乗り込みかねない。彼の目の前で死ぬのは避けたかった。
 一向に会話をしようとしない父は焦れたのだろう、側に控えていた男に何かを命じると、残忍な笑みを浮かべた。お前が悪いのだぞ、と愉快でたまらないといった口調だった。血の気が引く音が聞こえた。全て露見してしまっていたのだ。
 予想通り、数分もしないうちにジェレミアが連れられてきた。後ろ手で縛られ、服には弾痕とおぼしき穴がいくつも開いていた。少なくとも一度彼は死んでしまったのだ。一体彼は何度死んでしまったのだろうか。あと何回命は残されているのだろうか。俺の死より彼の死がなにより恐ろしいのに。目の前で高笑いをあげる男はまさしく俺の父親だ、ただこれだけのこと俺を恐慌状態にさせるのだから。
 父の元へ這いずり懇願した。この男の命だけは助けてほしいと。その行為は父を喜ばせるだけだとわかっていても、父の気まぐれに頼るしか今の俺にはできなかった。どれだけ聡明だと言われていても、愛する者の危機の前ではとても平静ではいられなかった。
 父はそんな俺を無視して、ジェレミアの名を呼んだ。愚かな息子を助けたかったら自ら命切り捨てよ。そう続けられた言葉に目を見張った。馬鹿な……馬鹿な! ジェレミアは俺を助けるためにその言葉に従うだろう。父は俺を助けるつもりがないことを薄々感じつつも、その言葉に従わざるをえないのだ。俺は力の限り叫んだ。声がひっくり返っても、必死に叫んだ。そのみっともなさにジェレミアが俺に冷めてくれればいい、そんなことすら思った。
 しかし現実は非情で、ジェレミアはこんなことでは心を動かされないほどに俺を愛してくれていて、そして愚かだった。俺のために死ぬのはとても嬉しいことなのですと優しく告げるといつかのように、右手の暗器で首を掻き切ってしまった。吹き上がる血飛沫に頭が白くなる。勢いが収まり飛び散った血が首に戻ると、父は喜声をあげ、更に死に続けることを命じた。ジェレミアはその言葉に従い、俺を見据えて微笑むと何も言わずに再び首をかっきった。吹き上がる血。まるで間欠泉のようだと父は言った。そんな事が幾度も繰り返された。その間叫び続けた俺ののどはしゃがれ、潰れてしまった。けれど声を止めることは出来ない。少しでもジェレミアが気を翻してくれるかもしれないと思うと、自分の声などどうでもよかった。
 それまで口を閉ざして自殺し続けたジェレミアがようやく声を出した。
「すみませんルルーシュ様、次が100回目です」
どうしてこいつは申し訳なさそうな声を出すんだろう。どうして俺と出会った不幸を罵ってくれないのだろう。どうして。
 涙と鼻水で顔を汚した俺を満足そうに眺め、父は告げた。こいつを助けたいか? 俺は一も二もなく頷いた。当然だ、こいつを助けられるなら何でもする。だから頼む! しゃがれて父には届かないかもしれない。けれど言わずにはいられなかった。父が鷹揚に頷いた。まるでわかったとでも言うように。

*** *** ***

 俺は目を覚ました。その感覚があまりにも自然だったので、一度は殺された身だということを失念してしまったほどだ。
 ぼんやりとしていて働かない頭で周囲を見渡すと、どうやらここは先程まで居た部屋らしい。らしい、というのは雰囲気が変わっていたので、同一だと断言出来なかったからだ。
 壁や床、天井まで飛び散っている血。むしろ染み込みすぎて血が滴ってるといってもいい有様だ。
 グチャグチャと音がする方を見ると、ジェレミアが父だったものを引き千切っている最中だった。返り血で顔を真っ赤に染めて、目が爛々と輝いているあいつは、確か俺の前で100回死んだはずだった。自分やジェレミアが生きている、圧倒的戦力だったはずの父と側近部隊の死、その答えはこの男が知っているだろう。
「ジェレミア」
 ピクンと体を強張らせて、動きを止めた。俺としては冷静に声を掛けたつもりだったのだが、こうもあからさまに緊張されると少々堪えるものがある。
「ジェレミア教えて欲しい。俺は確かに死んだはずだ。脳天に穴を空けてな。そしてお前も父によって100度目の死を与えられたはず。何故動き回れるのだ。それにこの状態は一体どういうことだ?」
 恐る恐る振り返ったジェレミアは声の出し方を忘れてしまったかのように口を閉じたり開けたり、ためらってみせた。
「いいから、話せ」
「イエスユアマジェスティ…」
 たとたどしく告げられた真実は俺の想像が及ばぬ衝撃的な話だった。
そもそもジェレミアは人間ではなかった。これはわかる、100個の命があるようなものを誰が真っ当な人間だと思うだろうか。前は人間だったのがある時を境にあのような体になったらしい。魔女との契約だそうだ。
「魔女……ジェレミア、頭は大丈夫か」
 ジェレミアは床に手を打ち付けた。悪かった、俺が悪かったから。ちょっとふざけてみただけなんだ。打ち付ける度にカーペットから血が跳ねるんだ、やめてくれ。
 人間だった時に死に掛けた時、声が聞こえたそうだ。その声に死にたくないと応えた時から、体の異変は始まった。魔女は続けた、悪魔になれたければ100回死んでみせろ、もし人間として死にたいのなら一度も死なずに100年生きてみろと。
 そうしてすぐに俺の元にやってきて、自分で早速命を絶ったのだった。はるか昔、父の部下だった頃に幼い俺と交わした会話を胸に人間として生きることを放棄してまで、俺を守りにやってきてくれたのだ。
 けれど何故、俺まで生き返ったのだろうか。
 父が銃でジェレミアの額を打ち抜いた後、呆然としている俺の額に直接銃口を押し付けていたのが、先ほど目覚める前の最後の記憶だ。そして最期だったに違いない。あいつには俺を助ける気など更々なかったのだから、俺にもっとも絶望を与えた後に殺すだろうことはわかっていた。
 額をさすってみても穴などどこにも開いてはいない。あれは白昼夢だったのだろうか?
 頭を悩ませている俺を見かねたのだろう、ジェレミアは一枚の羊皮紙をどこからともなく取り出してみせた。確かこれは、初めてこいつと会った時に持っていた保証書だ。
「これが一体どうかしたのか?」
「よく、ご覧になってみてください」
 ご覧にと言われても、じぇれみあごっとばるとの使い方としか書いて……いや待て、左下の隅に染み出すように文字が浮き出てきたぞ。
『じぇれみあごっとばるとガ100回死ンダ時、るるーしゅらんぺるーじハじぇれみあごっとばるとト同様ノ権利ヲ得ルモノトス』
「……ジェレミア、これはお前が望んだことか?」
「はい、魔女との契約を明文化した際に。もしルルーシュ様が私を使ってくださらなかったり、私と共にいることを望まなかったら、あなた様が亡くなるまで是が非でも100回死ぬのを避けたことだと思います。ですが、私も自惚れてもいいと思いましたので!」
 心から嬉しそうに笑うジェレミアに心底腹が立ったので、思い切り足を踏んづけてやった。靴に血糊がついていたが、いい気味だ。
 しかし、まぁ、これからは死に怯えることなくこいつと二人で時を過ごせるのは、悪くない。残る俺の100個の命をさっさと使い切って、ジェレミアと同じ悪魔になるのもいいだろう。だがジェレミアが悪魔になったといえど、違いがわからない。案外悪魔と言うのは大したことがないのかもしれないな。そうなると、悪魔では物足りない。どうせ人外になるのだったらいっそ魔王を志すくらいが面白そうだ。そうなると、ジェレミアが世話になった魔女とやらに色々尋ねる必要がありそうだな。
「ジェレミア、明日、魔女とやらのところに行くぞ」
 それにいつもと変わらぬ応答があるのが、頼もしく、そして嬉しかった。




「あとジェレミア、早速今夜俺を殺してもらうぞ。ベットでな」
「Yes,your majesty!!!!」
Written by BAN 0808 09

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