ジェレミアの剃毛
恋人の笑顔を見るだけで幸せだと人は言うけれど、あながちそれは間違ってないように思う。例えそれが、ベッドで馬乗りにされている私の下の毛を剃ろうとほくそ笑んでいるものでも。その笑顔が私に向けられれば、たちまち天にも昇る心持になるのだから。
恋人と称するには余りに高貴すぎて気後れがしてしまうこのお方・ルルーシュ様はかなりの気分屋である。冷静だと評されているようだけれど、ナナリー様に関しての取り乱しようは年相応に見受けられる。ここだけの話ではあるが、ナナリー様が銀髪の少年を家に招いた時に殿下のとった滑稽とも言える行動に……大変微笑ましい思いをさせてもらった。
そんなわけで一見冷静中身情熱派の彼は、思い切った行動をするのが好きだ。そして私はそんな彼を愛し慕い敬い尊んでいる。一言で言うなら下僕だ。だから彼が私を剃毛したいと言ったときも嫌に思うはずもなく、むしろ興奮したくらいだ。ただ変態だと引かれるのを厭った為に表面上は嫌がって見せただけで。内心大歓迎だった。
殿下の白くほっそりとした指がT字型の安全カミソリを握る。これから、あれでもって殿下が……。少々はしたないことになりそうだったが、殿下の目前でみっともない真似はさらせない。こういった場合には、気を紛らわすに限る。オレンジにはビタミンCが多く含有されておりコラーゲンの合成には不可欠である殿下の美容のため私は日夜オレンジの手入れを欠かすことが出来ないのだそういえば今年は雨が少ないから水やりをしないといけないなこういう時に人手がたりないと不便に思うがしかしこれも殿下のため後でアーニャに声をかけておかねば……よし、集まっていた熱も引いたようだ。
しかしここで事に移すとなると後の始末が面倒なことになりそうだ。どうしたものか、バスルームへの移動をすすめたいが、そんなことを口にしたら「ノリノリじゃないか、気持ちが悪い」と引かれないだろうか。ちょっとした気遣いすら己の羞恥の為に口に出せないなんて! いや待てジェレミア。これは試練ではないのか? 主の住みやすい環境を整えるためには己の羞恥心すら捨てよという、私の忠誠が試されているのではないだろうか。ああ、なんと愚かなのだろうか私という下僕は!主のために全てを捧げると誓ったはずなのに、これでルルーシュ様の犬だと何故言えよう。さぁ告げるのだジェレミアよ、ここでは後片づけが面倒ですからバスルームへ行きましょうと!
「ここだと後かたづけが面倒だな。おい風呂場へ行くぞ」
! な、なんという偶然、いやこれは必然! 私の考えが殿下に届いていたとは、これが愛の力だ!
「殿下、風呂ですか……やはりやめませんか、剃毛などと殿下のなさることでは……お手が汚れますし……」
嘘だ、やめないで欲しい。私の生まれたままの姿に、ルルーシュ様の手で還らせて欲しい! この美しい方が悪魔的な笑みを浮かべながら私の股間に向き合っている様をじっくりみたい!
殿下はシニカルな笑みを浮かべられるとこう告げた。
「ジタバタすると、切り落とすぞ」
その言葉に私が黙ったのは、さすがにそれはと引いたわけではない。ましてやその様を想像して恍惚としていたわけでもない。ただ、無くなったら困るのは貴方だろうにと口に出すのをかろうじで堪えたからだった。
*** *** ***
「さあ楽しい時間の始まりだ」
「……本当に楽しそうですね、殿下」
マットに寝そべった私の腹の上に背を向けて座る殿下の顔が見えないのが残念でたまらない。声の調子から伝わってくる少々意地の悪い喜びに顔を歪ませている殿下はきっと恐ろしいほど綺麗だろうに。
また、身を隠す物を持たず、全てを露わにしている私と、袖と裾を捲っただけの殿下。その差が私の興奮をひどく煽るのだ。どうしよう、もう欲望に身を任せてもいいだろうか。恋人に腹に乗られて股間をいじられる状況で勃起しても構わないだろうか。我慢しなくてもいいのではないだろうか。私も男だ、何だかんだいっても欲望には忠実でいたい。もうゴールしてもいいだろう?
「そうだジェレミア。あくまでこれは罰なんだからな。みっともない真似晒すんじゃないぞ」
……その一言が地獄の幕開けだった。
私の下腹部に香油を垂らし始めた。こんな高価なものを私ごときにお使いになるとは、とも思い、ヒンヤリとした感覚に思わず腰を引いてしまう。殿下は不快そうに私を舌打ちされ、その無言の叱咤に腰を突き出さざるを得ない。殿下は満足そうに頷いた。
ああ殿下の希望に添えたのはよいのですがこの姿勢ごまかしが効かないのに……。殿下の手が動き、香油の流れはついに私の未だ収まったままのペニスを直撃した。思わず殿下に助けを求めたくなる。
「もしもカミソリが掠ってもこれだけ濡らしておけば酷いことにはならないだろう」
大変ありがたいお心遣いなのですが、はしたない方向では逆効果です殿下。なんだかいけない気分になってきてました。元々なってましたが、一層煽られた感じがいたします。殿下の小悪魔め。
「あの、ルルーシュ様……。私ちょっと……」
「我慢しろ」
……もし地獄がこの世にあったのなら、そこにいる悪魔はみんな殿下の顔をしているのではないだろうか。ああそうなると地獄に行くのも楽しみになるなぁ。
「何を考えている」
うぐっ! 何という禁じ手を! いくら殿下の握力といえど力一杯握り込まれると、痛い痛いです!
何とか謝罪の言葉を絞り出すと鷹揚に頷かれた。殿下は右手を香油の入った瓶からカミソリに持ち換えた。いよいよなのか……。思わず全身に力をこめてしまう。ヘソのすぐ下のあたりに、ヒヤリとした金属特有の冷たさを感じる。それがツツ……と下に滑っていき、私の毛にひっかかりを覚えた。殿下はその抵抗を気にすることなく、下にカミソリを動かされた。すると、ツプリと毛の断ち切られる感覚が伝わった。ああ、ついにこの瞬間がやってきたのだ……。
殿下はカミソリを用意していた布で拭き取る。実に用意がいい、さすがはルルーシュ様、大変すばらしいです!布についた毛をひとつ摘んで、窓に透かして見ている殿下の奇行も愛おしいです。
「やっぱり、緑なんだな」
「何色だと思われたのですか?」
「いや……緑なんて見慣れないものでな」
そうですね、殿下のは黒いですしね。という言葉はさすがに飲み込んでおいた。刃物を持っている彼の機嫌を損ねるのはあまり賢明とはいえない。
ひとしきり眺めて満足したのか、はたまた全部そり取ってから再び観賞しようと思ったのか、殿下は再びカミソリを私の下腹部にあてられた。この、動かし始めるまでの微妙な間が緊張を煽られる。いつ動かすのか、そればかりに神経が集中する。そんな私を見越していたのだろう、殿下が空いた手で私の臍を弄る。予期せぬ場所への刺激に驚きのあまり体が跳ね、カミソリが当たっていた位置にちょっとした違和感を覚えた。
「ルルーシュ様、い、いきなりなにを」
「ちょっとからかってみたくなっただけだ。続けるぞ」
それから殿下はひらすら無言で腕を動かし続けた。カミソリを下げられ、私が毛穴を通しジョリっという独特の質感を感じると、殿下は布でカミソリを拭われる。そしてまたカミソリを動かされ、とその作業だけを繰り返される。
直接自分の股間を見ることが出来ないため、いったいどれだけ剃られているのか皆目見当がつかない。しかし量が多くなって拭いきれなくなったのか、布を取り替えられる様子と、比例してだんだんと下腹部で直接感じる面積が多くなる空気が私の予想を冷たく否定する。ああ、とてもスースーしてきました……。これはこれで有りではなかろうか。
そして、殿下の手がついに私の、なにがしに触れた。……ついに来てしまったこの瞬間が……ああ、殿下の右手にカミソリさえなければ、そして先ほどお言葉がなければ私は喜んでこの殿下の手のひらに包まれてその姿を天に向けていただろう。血が隅々まで行き届かない殿下の、ひんやりとした体温に摘まれた私のはしたなさの権化は今は小康状態を保っている。まだ理性が効いている証拠だ。大丈夫大丈夫、男ジェレミアゴッドバルト、人生四半世紀以上を生きたとなれば、雑念を払うやり方などほあああああああああ!
「いきなり変な声を上げるな」
うんざりした声も素敵ですが、素敵ですが殿下! お願いですから、指で先端をいじるのはやめていただきたい!
「殿下、その、できればその動きはやめていただけないでしょう」
「何だって?」
わざわざ振り向いてpardonと囁かれる殿下の表情が艶めかしく、それを意識してしまった私は腰に疼きを覚えてしまった。まずいまずい、このままでは殿下がそり終わるまでにはしたない真似を晒すことになってしまうではないか!
上から几帳面に剃っていった殿下が残す毛といったら、今手に掛けている私の某のごく周辺のみ、つまりは残り少ない。その時間、いたずらに興じている殿下が戯れに飽きられ、剃毛を再開するまで私は耐えられるだろうか。否! 自分のことは自分がよく知っている、無理だ!
少しの迷いの後、お許しください! と声を上げて、腹の力だけで起き上がり、ルルーシュ様に覆い被さる。何事かと驚いているかの腕に己の腕をかぶせてその手を動かし、先ほどまでの作業を強制的に再開させた。
殿下は私が何をしているのか理解したあと、麗しい尊顔を凶悪なまでに歪められて、こうおっしゃった。
「なんだ、お前やはり剃ってもらいたかったのか。しかも俺の手を使ってだなんて、変態じゃあないのか?」
耳元に吹きかけられた吐息に思わず腕が滑ってしまった。
*** *** ***
「いい格好だな、ジェレミア卿」
「……恐れ入ります」
姿見に映し出された私の全裸は、実に間抜けなものだった。我が事ながらよく引き締まっている胸筋、腹筋と下に目を向けていくと下腹部だけ妙に寒々しい。というよりも貧相だ。……いや決して私のペニスが貧相というわけではないぞ! ただ、物足りないというか何というか、全てを赤裸々に晒してしまっているような、そんな不安が……。
「気に入った、お前これからずっと毛を処理し続けろ」
「……さすがにそれは……」
「何だ、俺の命令が聞けないのか?」
「ぐっ……Yes,your m...m..やっぱり無理です!」
「……俺がいつも剃ってやると言っても?」
「Yes,your majesty!」
美しい人に仕えられる私はとても幸せだと思う。
Written by BAN 0625 09