思いのまにまに

「よし、ではスザクはアルビオンで日本に向かえ。耐水圧改造もしてもらえよ」
「イエス、ユアマジェスティ」

 臣下と言えども気心の知れた友人らしく気さくに声を掛け合う二人を恨めしそうに眺める男が一人いた。彼の名はジェレミア・ゴットバルト。神聖ブリタニア帝国第99代皇帝・ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがかつてゼロであった時に忠臣として彼が信頼した男である。ジェレミアの忠義はルルーシュが立場を違え本来の素性を露にしたところでかわらない。むしろ皇帝に就任したことは彼に歓喜をもたらせた程だった。どこにあろうと自分はルルーシュ様の第一の家臣その忠誠心が揺らぐことなどありはしない。彼はそう思っていたのだが……

 *** *** ***

「じゃあルルーシュ気をつけてね」
「陛下と呼べ陛下と」
「ああ、ごめんごめん。公式の場ではちゃんと言えるんだから許してよ」
「全く……」

 皇帝自ら出陣するナイトオブゼロを見送る。別にそのこと自体は悪くない。士気をあげるためにもそういったことも時には必要だろう。
 しかし何故! 何故密着する必要があるんだ! その上陛下の肩に寄りかかるとは何事だ!

「重いぞスザク」
「これぐらいで? じゃあこうしたらどう?」
「おいっ! っとすまないジェレミア」
「枢木卿、陛下になんという無礼を!」

 枢木が陛下の肩に手をかけて体重を預けると、陛下がよろけられる。すかざず手を伸ばしてその体を支えるが、いくら二人が友人関係にあろうとこれは見過ごせない。
 二人から一歩引いた位置で歩いていたが、陛下を支えることで枢木とも顔を近くであわせることになる。
 しかしこの男、私に叱られてしょげたり反省するどころか楽しそうににやにやと口元を歪めているではないか! 確かにいまや彼のほうが目上になってしまった。これまでのラウンズとは一線を画したナイトオブゼロという称号をわざわざ作って彼に下すくらいだ。陛下の一番信頼する者は、わ、私ではなく、彼なのは間違いないだろう……。

「ジェレミア卿泣かないで下さいよ」
「泣いてなどおらぬ!」

 しかし、陛下を蔑ろにしようとすることに黙ってなどおられぬ。それが陛下の臣下となって以来付き従ってきた私の矜持だ!
 元が友人関係だったのだから公私をまだ分けにくいのかもしれない。しかしこれから先私が枢木を教育して立派な陛下つきのナイトオブゼロとして、一番お傍に……悲しくなどない。自分よりも優秀な人間が陛下を守れるのだ、実に喜ばしいことじゃない。
 陛下に対する忠誠が自分が一番だと自負しているが、実力はそうでないのも私は知っている。

「だからジェレミア卿泣かないで下さいって」
「泣いてなどおらぬと言っている……」
「……さ、行くぞスザク。あまり遅くなると支障をきたす」
「え、でもいいの?」
「ああ……ジェレミア、お前は着いて来ないでいいぞ」
「陛下!?」
「サザーランドジークでも磨いておけ」

 そして陛下は本当に歩き始めてしまった。枢木を伴って一度もこちらを振り向かずに。何故チラチラと振り向くのが陛下でなく枢木なのだ。いや、私ともあろうが陛下のお手を煩わせることを望むとは!
 少々疲れてるのかもしれないな……これは不本意だがロイドにでも調整を頼む必要があるのかもしれん。
 今回の作戦が終わったら一度様子を見てもらうこととするか。
 とりあえず今は陛下の仰せの通り格納庫に向かうことにする。いやまて、確かいま陛下たちが向かっているのも格納庫だ。しかし陛下は着いてくるなと仰った。……一体どうすればいいのだろうか。

 *** *** ***

 結局、大きく遠回りをして向かうことにしたために、格納庫に着いたときには既にランスロット・アルビオンはなくなっていた。さもあらん、別れたあの場所からすると格納庫には数分で向かえるのだ。出立もすぐ出来ただろう。
 そして陛下も既に皇帝専用機で日本に向かわれたはずだ。指令があるまで本国で待機をする身としてはせめて陛下の見送りぐらいはしたかったのだが。
 思わず歩みが遅くなる。ルルーシュ様……。たまには誰の邪魔も入らない場所で抱き合いたい、いや何もせずともよい、ただ二人だけでいたい。
 そう思うと陛下を裏切った憎むべき黒の騎士団のでの生活が多少恋しかった。あの時はC.C.さえ部屋に居なければ、ゼロの私室を訪れるものなどさほどいなかった。今は素性を隠す必要もないため、陛下は私室に篭らず執務室で机に向かい、そこを訪れる者はひっきりなしだ。
 これでは到底……。なんだか力が抜けてしまった。
 重い体を引きずって、端末を操作しアンカーを下ろす。直接コックピットに登っていこうという気分ではなかった。
 どうしようか、磨くといっても外装は問題ないし、コックピット内の掃除でもしようか。ワックスでもかけようか、モニターの埃でも取ろうか。

「遅い!」

 ああ本当に私は判断が遅いな、一体どれをやろうか迷ってしまう。

「この俺を待たせるとはいい度胸だな」

 ええ、本当にいい度胸……え。

「へ、へへへ陛下!?」
「全く、お前が遅いからゆっくりする時間がなくなってしまった」

 KMFより広いKGFのコックピット内には優雅に腰掛けたルルーシュ様が居た。何故ここに? もう出立したのでは? よくわからないけど申し訳ありません。

「お前を待っていたんだよ。忙しいスケジュールを縫って二人で会えるように計画したのに、台無しだ。何故もっと近いルートを使わなかった!」
「先ほどルルーシュ様が着いてくるなとおっしゃったではありませんか」
「そこじゃなくて、もっと近いルートもあっただろうが!」
「も、申し訳ありません……」

 なんたる不覚。自分の不勉強が陛下の計画の邪魔をしてしまうとは。しかし10年近くブリタニア軍に勤めた自分と違い、ブリタニア本国で過ごした生涯のほとんどが離宮だった陛下のほうが宮殿内の道筋に詳しいのか、と問うのは実に愚かしいことなのだろうな。それより、私を待っていたとは……これはひょっとして。

「陛下も私と二人きりになりたかったのですか?」
「っいちいち聞くな馬鹿! ……いつまで突っ立ってるつもりだ」

 これは申し訳ありません、と膝を付くと陛下はあからさまに大きくため息を付かれた。そして立ち上がると、「そうじゃないだろう」と私に向かって歩き出し、手を伸ばした。
 その手を受け取り音を立てて口付けた。これは臣下としての忠誠の証。顔を上げて陛下をうかがうと実に不満そうな表情をしていらっしゃった。これはご期待に沿わねばるまい。立ち上がって不敬にも陛下を見下ろす。

「こちらでよろしいですね」
「……」

 恥じ入るように伏目がちになる陛下がいとおしい。心の中だけで、失礼と言って顎に手をかけ上向かせる。目を完全に伏せられた陛下に倣って目を閉じると、何も見えなくなったけれど唇に触れるあたたかく柔らかな感触。
 ああなんという至福の時か!
 すぐに遠ざかってまった唇を残念に思い、見つめているとクッとその形が歪んだ。

「そんなお預けをくらったような犬の顔をするな」

 撫でたくなるじゃないかと笑われる陛下に、こちらとしては一向に構いませんと腹を見せて服従のポーズを取りたくなる。

「しかし残念ながら時間だ。こちらから指定した時間に遅れるわけにもいかないからな」

 そして身を翻した陛下は先ほどと同じようにこちらを振り向くことなくアンカーに足を掛けてしまう。
 少しだけ寂しいですけど、こうしてお会いできただけでも嬉しいです陛下。陛下の貴重なお時間をいただけるなんて幸せです。陛下、お気をつけて。
 様々な思いが胸に去来したが、それら全てを口にするのもじれったく思えた。
 私に背を向けて降下しようと端末を操作する陛下に近づいて、アンカーのワイヤーを掴んで陛下を覗きこむ。驚いた表情をしていた気がするが、すぐに口付けてしまったので良く分からない。
 食むように唇を噛むと陛下もそれにすぐさま応えて、舌を伸ばしてくる。急かされるように舌を絡ませ、少しでも想いを伝えられるように舌を交わす。荒々しく口蓋や歯肉までも味わうように嬲ったところで、感覚だけで端末を探り当て、スイッチを押す。
 軽くワイヤーを握った手に伝わるモーター音と共に否応なく遠ざかってしまう陛下。少しでも長く繋がっているように舌を出して絡ませるが、銀糸を残して私たちは離れてしまった。
 潤んだ瞳の陛下に、ご健闘をと囁くと、緩慢に頷かれ、そしてアンカーが地に着いたときにはもう、いつもの若いながらも堂々とした自信に溢れた皇帝になってしまった。

「それでも、僅かの間だけでも素の顔をみせてくれたことに感謝をするべきだな」

 自分だけになってしまったコックピットで独りごちるが、先ほど抜けていた体に今は鋭気が漲っているような気がしてきた。我ながら現金なものだと苦い笑いがこぼれたが、そう悪いことではあるまい。
 全てはルルーシュ様のために。私の行動活力源はルルーシュ様なのだから。


 *** *** ***
 *** *** ***

「ねぇルルーシュ、いくらなんでも可哀相じゃないか? 彼の目の前でひっつくとすごい悲しそうな顔されて、心が痛むんだけど」
「黙れ、あいつのそういう顔がいいんだよ」
「本当ルルーシュって性格悪いね」
「何とでも。しかし今回のはイマイチだったな。もう少し効果的な方法を考えるとするか」
「僕をナイトオブゼロに任命した以上の苛めがあるとは思えないけどね……彼も可哀相に」
「この俺に愛されてるんだから、可哀相なわけないだろう」
「……。じゃあ日本で会おう。ジェレミア卿とうまく逢引できるいいね」
「協力感謝するよスザク。ではまた後で」
Written by BAN 0924 08

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