とある主の奇行

 雑誌が広げて置いてあったら、それが目に入ってしまうのは致し方ないことだ。ましてや付箋が貼ってあるのなら、少しばかりの興味と申し訳なさを持ってその箇所を見てしまうのも。
 であるので、ジェレミアが主の残していった、いわゆる大人の玩具と呼ばれる物に付箋を貼ってある通販雑誌を発見してしまったとしても、彼は悪くなかった。

 ジェレミアは機械の身体で、男で、しかもルルーシュの臣下であるものの、主に望まれ、ルルーシュと身体を交える関係である。初めて誘われたときは思わず目からオイルが流れてしまう程に衝撃を受けたジェレミアだったが、迫る主君を諭しきれずに敬愛するマリアンヌ皇后の息子の尻を自分の息子で掘ってしまった。涙を流して何かに謝りながらルルーシュを揺さぶる様が主の何かを刺激したのか、ただ気持ちよかっただけなのか、未だにその関係は続いている。最中に「お前は普段忠臣という割には、ここは奔放だな」とルルーシュに股間を踏みつけられても、ようやく諦めがついてきた頃である。最初のうちは顔を青くして高貴な方のなさることでありませんなどと股間を踏まれながら詰め寄ったものだったが、今ではただ主の為すまま、黙ってルルーシュに従っているジェレミアだった。
 そんな無言の反抗がルルーシュは気に食わないのか、他にも色々なことを言ってジェレミアを嬲ろうと試みたが、ただジェレミアはルルーシュの快楽の為に黙って奉仕をするだけである。
 ジェレミアが主君の部屋で、衝撃的なものを見つけたのもそんな頃であった。

「……」
 ジェレミアは恐る恐る雑誌に手を伸ばして机から拾い上げる。近くで見れば、実はそういう形をした飴でしたとかそういった展開を祈っていた。しかしその願いにしても、男性器をかたどった飴を頼むことの異常さに及んでないあたりに彼の混乱が伺える。
 付箋が貼られた商品を食い入る様に見つめるジェレミアの目は真剣そのものであった。鬼気迫ると言っても差し支えない程である。やはりこういったものを使うのはお止めくださいと諭すべきなのか、それとも私の技術ではご満足いただけなかったのでしょうかと反省するべきなのか、はたまた殿下のご趣味ならばと見なかった振りをするべきなのか。
 ジェレミアは初めの内はルルーシュとのセックスに抵抗を抱いていたが、それは己が心から敬愛している相手を己の機械油くさい身体で汚してしまうことへの嫌悪であり、主が男色家であることへの嫌悪と言ったものではない。ジェレミアがルルーシュの一部でも嫌うことなどありはしない、ルルーシュの欠点ですら彼は愛しているのだから。
 しかしルルーシュが己を機械化させてしまう要因を作ってしまったことを密かに悔いている様子が見受けられたので、己が主君との房事を抵抗する理由にそれを説明することはなく、差し障りのないことを理由に挙げても、彼は煩わしげに黙れと言うだけだった。
 その場は結局押し切られて不覚にもルルーシュの身体を汚してしまったジェレミアだったが、翌朝のルルーシュの一言でジェレミアは心を痛めながらもこの行為を続けていくことを決めた。曰く、こんなに深く眠れたのは久しぶりだと。
 過去を思い出すことで現実逃避をしたジェレミアだったが、手の平の中には現実がある。思わず新たなギアスでも掛けられてしまったのかとギアスキャンセラーを駆動するが、変わらず手の中にあるそれは確かに間違いようのない現実だった。
 どうしよう、もう殿下は私を必要としなくなったのだろうか。お前は機械のくせに器具にも劣るとおっしゃりたいのだろうか。確かに機械油の臭いが殿下に移るのは好ましくはないと思ってはいた。しかしいつからか私は愚かにも殿下の睡眠導入の為にではなく、殿下の身体を貪ることへの悦びを覚えてしまっていた。普段の凛とした姿からは想像できぬ程に艶かしく私を嬲る様や私に貫かれて苦しそうに喘ぐ殿下に忠義ではない情が身体を繋ぐ度に大きくなっていった。それに気づいてからは少しでもボロを出さぬように、出来るだけ最中には口をつぐんでいたが、聡い殿下には隠しきれなかったのだろうか。ああ、折角ルルーシュ様が私との性交で安眠を得られていたというのに私の薄汚い情念でそれを台無しにしてしまうとは。また深夜まで机に向かい、いつの間にか眠りに落ちているという日々に戻られてしまうのだろうか。くっ! 己の未熟さが憎い!

 悶々と考えに煮詰まり、ジェレミアが袋小路に行き当たっていると、シュッとドアの開く音がし、会議に出ていたルルーシュが戻ってきた。
「ああ、ジェレミアいたのか」
 そう声を掛け、仮面を外すルルーシュの姿にジェレミアはようやく己が主の許しもなく部屋に入り、かつプライバシーを手にしていたことを思い出した。
「で、殿下、申し訳ありません」
「別に部屋には勝手に入っていいと言っただろう?」
 仮面を手に取り、マントをクローゼットに掛けるルルーシュはまだジェレミアが手に持つものに気がついていない。どうしよう、元に戻して気づかない振りをしようかなんてジェレミアが考えた時にルルーシュがパタンとクローゼットを閉めてジェレミアの方へ振り向いた。
「どうだ、紅茶でも入れてやろ……」
「……」
 二人の目が合い、静寂が場を支配する。ルルーシュはジェレミアを見、ジェレミアはルルーシュを見る。不自然に言葉が切れた主の次の言葉を待つために口を控えていたジェレミアだったが、いつまでも言葉が続かないので不思議に思い、殿下と躊躇いがちに声を掛けた。その瞬間。
「ジェレミアーーーーーーーーーーーーーーー!」
 己の名を叫びながら飛び込んで来た主君に思わず目を見開いて姿勢を正してしまう。勢いよく応答の常套句を言ってしまったのは反射的なものだった。
 手元から雑誌が勢いよくもぎ取られ、一瞬ジェレミアの指先に鋭い痛みが走るが表情に表すことなく堪える。やはり手に取るべきではなかったのだ、主従といえどプライバシーをないがしろにするのではなかった、例えそれが己にとっても衝撃的な内容でも見てみぬ振りをするのが忠臣の鑑だというのにこれだから私は!
「おまえ、こ、これを見たのか? 見たんだな?」
「いえ見てないです殿下」
「嘘をつけ嘘を! 跡が付くほど握っといて開いた中身を見てない人間なんているかばか者っ!」
「私は人間ではありま」
「そんな言い方をするな! 二度と言うな、クビにするぞ!」
「い、いえす ゆあ まじぇすてぃ……」
「それより見たんだな中身! はっきり言え、見たんだろう!」
「も、申し訳ありませ」
「やっぱり見たのかー!」
 そう叫ぶと雑誌を遠くに投げ捨て、両手で顔を覆うようにしてルルーシュはその場に蹲ってしまった。手や髪の隙間から見える顔や耳はまるで茹ったように真っ赤だ。この反応はジェレミアにとって予想外だった。叱責されるか、情事の時のように盗み見とは躾がなっていないなと鼻で笑われ、いたぶられるものだとばかり思っていたが。主君の口からは迂闊だったとかもう消えてしまいたいとか穴があったら今すぐ入りたいとか時間よ戻れとかそんな言葉が次々と漏れている。あれ、なんだろうこの反応。
「殿下?」
 床に膝をついて、ジェレミアがルルーシュに声をかけると、ルルーシュは大きく身体を震わせた。
「違う違うんだ! これはだな、ちょっとした実験なんだ! 俺が使うだなんてそんな事あるわけないだろう!」
「左様でございますか、さすが殿下! こういった下々の性の道具まで研究なさるとは、やはり殿下は一味違いますな」
「そんなわけあるか! 言い訳だ信じるなバカ!」
 顔を覆っていた手を伸ばして思わずといった様子でジェレミアの肩にかける。赤面したルルーシュがジェレミアに晒される。いつも冷静な彼の初めて見るその表情に、そして慌てる態度にジェレミアはしばし呆気にとられた。
「……しかし、殿下のおっしゃることを私は疑いません。疑えというのが無理な話です」
「う――だ、黙れ……」
 そう言うとルルーシュは慌ただしく立ち上がり、仮眠用のベッドがあるスペースに駆け込んだ。膝を着いたままその場に残されたジェレミアの耳に折りたたみ式の衝立が立てられる音が聞こえてくる。
「俺は今から寝る! 邪魔をするなよ!」
「Yes,your majesty!」
 なんだったんだろうか。ジェレミアの脳裏には疑問符が山のように浮かぶが、彼の疑問に答えられる唯一の者には邪魔をするなと釘を刺されてしまった。ジェレミアはしばし考え、取り敢えず先ほどルルーシュが投げ飛ばした雑誌とそれが当たって散らかってしまった室内を片付けることにした。
Written by BAN 0823 08

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