あなたとともに

 ジェレミアここに座れ。
 私室に招かれた直後に殿下がそうおっしゃって、いつも腰掛けているソファを示された。身に余る光栄です、と軽く感激しながら私が入室するとそれを見届けロックをお掛けし、ゼロとしての仮面をはずされた。
 ゼロとしてのルルーシュ様も崇拝しているが、やはり私は素顔の殿下の方が好きだった。彼のルネッサンス彫刻に勝るとも劣らない美貌を隠してしまうのは実に勿体ないことだと内心思っていたからだ。艶やかな黒髪はオリエンタル雰囲気でストイックさを強調し、高貴な紫の瞳が彼の美に磨きをかける。
 出来るならばいつまでも眺めていたいものだが、殿下は最近ルルーシュ様個人でおわすよりもゼロとして過ごす時間が増えてきている。情勢も殿下を安寧とした学生のままとさせてくれなくなってきているので、それも仕方のないことといえばそうなのかも知れない。
 しかし私のわがままではあるが、せめて私の前だけでも気を抜いてゼロからルルーシュ様に戻ってくれれば……。そういった思いを殿下もわかっていらっしゃるのだろう、よく私を部屋に招いて可愛らしい我侭を言ってくださる。例えば肩を揉めだの足を揉めだの……。決して殿下の御身に触れられ嬉しいだなんてやましい気持ちはありはしないのだが!
 今日呼ばれたのもそういった用件かと思ったけれども、ソファに座れだなんてこの方言われたことはなかった。内心おどおどしながらソファに腰掛けると足を少し持て余す。

「すまない、どうやらジェレミアには高さが足りないようだな」
「いえ殿下が詫びることなど何もございません、私の足が長いのがいけないのです!」
「……少しムカつくが、まぁいい」

 殿下はマントをソファの背に掛けるとそのまま私の膝の上に腰かけた。うん? これは一体どういう事態だ? 殿下が私の上に、私、私ぃ!?

「で、ででで」
「はっきり喋ればか者」
「殿下何故私の上にお座りに!?」

 器用に首だけで見返った殿下は口元を楽しそうにニンマリと持ち上げた。ああ殿下、そのような凶悪な尊顔すら麗しいです。

「いいじゃないか、たまには」
「ですが殿下」
「煩い、少し黙れ。……やはり座り心地はよくないな」

 顔を正面に戻した殿下は確かめるように私の腿を押さえて二、三回軽く跳ねる。で、殿下、何やらいけない妄想をしてしまう私が悪いのでしょうが、これはちょっと……。私は男盛りの29歳なのです……。

「ふぅん。硬いな」
「で、殿下……お戯れはおやめください……」

 異議を唱える声も弱弱しくなってしまうのも健全な青年なら仕方のないことだと思う。殿下は意図的に誘っているようにすら思えてきた。そういった私の気持ちを理解したのだろう、殿下は私の胸に寄りかかり御手を私の股間にそっと押し当てた。何だこれは、太陽はいつの間に沈んだのだろう。私はいつの間に寝ていたのだろうか。

「ここは、硬くするなよジェレミア卿?」

 殿下あなたはなんたることを……。艶麗な口から漏れる俗物的なお言葉のギャップにしばし動きが止まってしまう。そんな私を見て殿下は朗らかに笑われ、サッと唇を奪われてしまった。勿論殿下の唇で。目を閉じる暇もなく、マジマジと殿下が近づき、そしてすぐに離れていく様を凝視してしまった。ああ、もっと長くしてください、じゃあなくて今日は何なんだろう。幸せすぎる。
 殿下はテーブルに手を伸ばし、置いてあった機械を手に取る。どうやら携帯ゲーム機のようだ。

「今日はこれをやろうと思ってな。この間出た新作ゲームで、すごろくが出来るんだ」
「はぁ……」

 殿下にゲーム機。なんでだろう、酷く違和感を覚えてしまうのは。いやしかし殿下は18歳の立派な少年。世が平和なら決しておかしい事ではないのに。愚かなり、ジェレミア・ゴットバルト! 主君が年相応のものを持っていることに違和感を思えるとは貴様それでも忠義の徒か!
 いつもなら己への戒めに床に這いつくばって無念をかみ締めるところだが、今日は殿下を抱えているので、己の両腕を殿下の腹に巻きつけることで己への罰とする。決して喜んではおらんぞ! 勝手に触るなという殿下のお怒りを受けるために腕を回しただけだ!
 しかし殿下は私の無礼な仕打ちを気にも留めず、ゲームを進めていく。……無反応というのもそれはそれで寂しいものだ。

「名前は……じぇれみあ……女でいいか」
「お待ちください殿下。何故私の名前を使い、かつ女性なのですか」
「まぁ気にするな」

 気にせずにはいられないが、殿下がそうおっしゃるのであれば気にすることも無駄な時間だ。殿下はタッチペンとボタンを器用に使い分けられ、巧みに操作していく。なんと素晴らしい事よ、さすが殿下、電脳シミュレーションでならあのナイトオブセブンに水泳で勝つことも可能とは。やはり体力を使わない種目での殿下は素晴らしく輝いている。

「おいジェレミア」
「はい、殿下」
「今貴様何を考えた」
「殿下はゲームもお上手でなさると」
「……まぁいい。お、俺が出てきた」
「何ですと!!!!」

 殿下の手元を注目すると確かに画面上に殿下の麗しい御姿が! なんと素晴らし、けしからんゲームだ! ルルーシュ様を登場させるなぞ! ましてやこれは恋愛シミュレーション……すなわち殿下とじぇれみあが恋仲になる可能性がある! 恋仲だと、ええい何たる不敬か! 伝説の木の下で殿下が待っているだろうか、実にけしからん! 責任者はどこにいる!

「ジェレミア、尻に何か当たってるぞ」
「おそらくネジでしょう」
「ずいぶん大きいネジだな」
「光栄です」
「ネジにしては柔らかい気もするが」
「きっと柔らかいネジなのでしょう」
「そうか……お、お前が出てきた」
「私もいるのですか!」

 なんということだ、いつの間に私まで。はっ! ということは主人公の名前をるるーしゅにして女性を選べはそれ即ちカップル成立恋仲に! 伝説の木の下に殿下が走ってきてくれることになるのか、ええい名前を自由に入力できるなぞなんとけしからんシステムなんだ!

「ジェレミア、先ほどより硬くなってるぞ」
「おそらく形状記憶合金のネジなのでしょう」
「そうか……お、エンディングはお前だな」
「私ですか……」

 じぇれみあで迎えるジェレミアエンディング。当の本人からすると全然楽しくないが、殿下はニヤニヤと楽しそうにしておられる。まぁ殿下が楽しそうにしているなら、私がどうなろうと大したことではない。エンディングはフルボイスなのか……てこれは私の声ではないか!? 一体何故、いつの間に!?

「隠しマイクを着けておいたからな。そこからデ−タを取り込んだ。どうだ、驚くほどに自然だろう?」
「殿下……素晴らしい技術です!」

 しかし内容も内容だけに私の声が聞こえてくるのが多少気恥ずかしい。最終調整前の私が選ばれたということは、喋りがたどたどしく合成音声でも喋らせやすかったからなのだろう。未熟な頃の私を堂々と見せられるのはあまりいい気分ではなかった。

「殿下、出来れば音声を落としては頂けないでしょうか。殿下の合成技術が素晴らしいことはわかりましたので、その、ちょっと気恥ずかしくなってまいりました」
「……」

 殿下は無言で手を動かすと、私の声は大きくなった。ああ、なんたる非道さ。しかしそこが殿下の可愛らしい所です。

「ふむ、なかなかの出来だったな。次もこんな感じで作ってみるとするか」
「さすが殿下でした。よろしければ次は私めにも……」

 是非殿下を攻略したいと闘志を燃やして殿下の持っているNDSに手を伸ばすと、殿下はそれとパタンと閉じてテーブルの上に戻してしまった。まずい、私の下心がばれたのだろうか。殿下にジュテームと言われたいと思ってるのがばれてしまったのだろうか。
 殿下は何も言わず解くように腕を叩くと、一度立ち上がって今度は向かい合わせるように私の太ももを挟んで膝立ちになった。こうすると殿下を見上げるようになる。

 室内灯が殿下の髪を透かして、彼の輪郭を曖昧にさせる。
 消えてしまうのだろうか? そんなわけもないが咄嗟に手を殿下の後頭部に回して感触を確かめる。大丈夫だ、消えたりはしない。確かにこの手の内にある。
 殿下は少し驚いたように目を見開いたが、邪気のないはにかんだ笑みを浮かべて身を屈められた。殿下の無言の催促は私の希望と合致するものだったので、喜んで私も身を伸ばし、少しでも殿下の唇に近づく。先ほど一瞬で終わってしまった分取り戻すかのように、軽い触れるだけの口付けを何度も交わした後、殿下の唇を音を立てて啄ばむ。その感触をしばし堪能していると焦れたように殿下が私の二の腕を抓ってきたので、殿下の舌先に思い切りむしゃぶりついた。荒々しく、殿下が満足なされるような激しさで殿下の舌を嬲る。
 口を離した時にはすっかり殿下の息は上がっていて、いつのまにかすっかり私の太ももの上に座り込んでいた。目の前にあった耳朶を軽く嬲ると、殿下は息をつめられた。

「ジェレミア……言ってくれ、んっ、さっきみたいに、俺を愛してると……はぁっ」

 さっき? 耳の穴に舌を出し入れさせつつ、殿下のおっしゃるさっきが何かとしばし考え、先ほどのゲームでのことだと思い当たる。あれは私であって私でないようなものだが……まあ殿下がおっしゃられるのだからいいか。

「ルルーシュ様、お慕い申しております、この世の誰よりも。何にも換えがたい珠玉の貴方より大事なものなどこの世にありはしません。愛しています、ルルーシュ様」

 耳元で万感の思いをこめて囁くと、殿下は泣きそうな嬌声を上げられた。
Written by BAN 0817 08

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