形のない贈り物

 通信で私室へ来るようにジェレミアを招いたルルーシュだったが、彼から入室を求める声を掛けられると何故か焦ったような声を上げた。
「き、貴公は我が母についてどう思っている?」
「マリアンヌ様ですか。私にとってあのお方は人生の目標と言っても過言ではありません。女だてらに功名を打ちたて異名を轟かせ、果ては后妃にまで上り詰めたその武勇、憧れぬ者などおりませぬ」
「そうか。ならばもしその母上……に会えるとしたらどうだ?」
 母上の後にボリュームが急に小さくなったり、先ほどから唐突にマリアンヌの話題を振られたりと一見して訳の分からない状況だったが忠臣ジェレミア・ゴットバルトは少しも不審に思うことなく、己の主の質問に答える。
「それは勿論、もし生きておられてお目通りが叶うのならばあの不手際を……襲撃を防げなかったあの醜態を詫びたい。許して頂こうとは思いません、ただ詫びたいのです……」
 扉越しに今にも泣き始めそうなジェレミアの気配を感じ取ったのか、ルルーシュの声が些か焦ったものになる。
「わ、わかった。――ジェレミア入って来い」
 扉をはさんでしばし続いた問答を切り上げ、ルルーシュが入室を促す。
 決して忘れることなど出来ない悔恨に頭を悩ませ続けているジェレミアがそこで見たものは、実に驚くべきものだった。
 在りし日のマリアンヌ后妃がおわした。そう錯覚させてしまうほどルルーシュは、女装した彼はマリアンヌに良く似ていた。
 いつかの生徒会の男女逆転祭の時に着ていたドレスではなく、黒の騎士団の女性用制服を身に纏い、腰まで届く長さのウィッグを被ったルルーシュ。女装に抵抗があるのか、それともマジマジと己を見つめる視線にか、頬を赤く染め上げている。
「殿下……」
 途方にくれたようなジェレミアの声に居たたまれなさが募ったのか、半ば切れ気味にルルーシュは声を上げる。
「大変不満だが、俺が女装した姿は母さんに良く似ているということは以前からわかっていたんだ。それにお前だって母さんに似た人に会えるなら会って見たいって言っただろ、なんだその不満げな声は! やはり俺じゃなくてお前は母さんがいいんだろう!」
「で、殿下落ち着いてください! ――し、失礼を!」
 まるでヒステリーを起こしたように喚き続ける主君に断りをいれると、そっと優しく体を抱きとめる。そして宥めるように背中に回した手をさすると、何をするだの無礼なだの叫んでいたルルーシュもようやく黙り込む。
「殿下、申し訳ありません。誤解させてしまったようですが、私は不満に思ったわけではないのです。大変悔しい事ですが私の頭脳では貴方様のそれには遠く及びません」
「……ふん、当然だろう」
「ですので、よろしければ何故殿下がこのような装いをなされたのか私めにご教授頂ければ幸いです」
「……」
 ルルーシュはグイとジェレミアを引き剥がして彼に背を向けた。ジェレミアからは表情は全く伺えなくなる。しかしジェレミアは臣下に下って間もないながらも、主のこうした行動は横柄な態度で隠れがちな彼の含羞によるものだということを悟っていたので、不快に思うどころか微笑ましいものとして見守った。
「お前は母上に憧れている、そして俺は――っ大変不本意だが女装をすれば母上に良く似ている。そして――その、こんな格好したらお前が喜ぶと思って」
 殿下、とジェレミアはその身を打ち震えさせる。その震えた声はジェレミアが喜んでいるものと理解したルルーシュが振り向いた所、見合った彼の顔を彩っていたものは歓喜でなく、歯軋りをせんばかりの苦渋だった。一体何故そんな顔をするのかルルーシュには理解できなかった。彼の予想では涙を流して喜ぶとばかり思っていたのに。その心外に思う気持ちが表情に出ていたのだろう、ジェレミアは感情を押し殺した面持ちで口を開く。
「殿下は、私を見縊っておいでか。私を過去亡くなった方の為に現在の主君を蔑ろにするような人間とお思いでしたか。例え私を思ってくださった故の行動だとしても……ご自身の尊厳を踏みにじるような真似はけしてなさらないでください」
「ジェレミア……」
「私は確かにマリアンヌ様を敬慕しております。ですがルルーシュ様、私の主は貴方様だけなのです。マリアンヌ様ではありません。どうか、どうかそれを忘れないで頂きたい」
 ルルーシュはようやく、己の軽い気持ちで行った趣向が彼を傷つけてしまった事に思い至った。そして自責の念に駆られ、浅はかな行動を悔やむ。深く考えずに、こうしてやったら喜んで泣き出すかもしれない、そうして俺への感謝を述べるだろうと愚かに考えていた数時間前の自分を殴りたくなってたまらなくなった。
「ジェレミア、すまない、すまなかった。俺はお前になんてことを」
「私ごときに謝罪の言葉を口になさらないでください。判ってくださればいいのです。それに私に喜んでもらいたいと思うそのお気持ちは大変ありがたいのですから」
 口惜しそうに唇をかみ締めるルルーシュが己の言いたいことが伝わったのだと理解したジェレミアは表情を柔らかなものに変え、そっと主の唇に手を伸ばした。
 艶やかな唇を傷める行為を自重させるために、そしてこれからの行動のために。
「ルルーシュ様、キスしてもよろしいですかな?」
「……馬鹿、こういうことは聞くんじゃないといつも言っているだろう」
 失礼しましたと囁くとそっと体を抱き寄せ、触れるだけの口付けを交わす。数瞬お互いの体温を唇越しに堪能した後ジェレミアが身を引こうとすると、ルルーシュはそれを許さず首の後ろの手を回しがっちりと固定し、なおも触れ続けた。しばらく経ってもそれから先を続ける気配がないのを感じ取ったルルーシュは自分からジェレミアの唇をその舌で無理矢理開いて相手の口内に侵入し、相手の舌を絡め取る。嬲るようにその舌を味わうが、ジェレミアからの反応がない事に焦れて彼の下唇と甘く噛む。
 そこまでされてやっと動き出したジェレミアは今まで感受するばかりだった時間を取り戻すかのように積極的にルルーシュの舌を、口蓋を歯列を蹂躙する。その荒々しさはルルーシュの呼吸を困難にさせ、肩を叩かれた事でジェレミアはルルーシュを開放した。
 二人の唇から銀糸が伝い、ジェレミアは主の口唇を親指で優しく拭う。彼は思う、自分はルルーシュ様のような美しく聡明で下々に気を配り、時にはこうした思いがけない悪戯で年相応の顔を覗かせる可愛らしいお方に仕えられて光栄だと。この幸せを思えば純血派時代の冷遇や機械化処理されたことを感謝したいほどだった。しかし、何故ルルーシュが己を喜ばそうと、それが違った方向にせよ心を砕いてくれたのか。
 そう己の主に尋ねたジェレミアはまた主の可愛らしい姿を目にする。恥じらいを誤魔化すかのように、ウイッグを指に巻きつけながらルルーシュはこう言った。
「今日はお前の誕生日だからな、ジェレミア」
 素直におめでとうと言えない照れ屋な主君が、ただいとおしかった。
Written by BAN 0803 08

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