去来する不安

 クルルギスザクの復学祝いと称した学園祭が完全に幕を閉じ、実行委員の一員たる僕と兄さんがクラブハウスで一息つけたのは、あの衝撃の電話から数時間後のことだった。
 驚くべきことに、兄さんは恐らく嵐のように荒れ狂っているだろう内心の怒りを全く面に出さず、親友としてクルルギスザクと会話を続け、一日の別れに握手をした。会長に祭り上げられた犠牲者を労わるように眉根をちょっと寄せて笑ってまで見せたのだ。
 その時僕の背中には戦慄が走った。この人は……恐ろしい。その震えは畏れと言ってもよかった。彼の度胸が並大抵のものでないことはショッピングモールでの一連の事件で知っていたし、理解していたはずだった。
 けれど彼にとって最大級の驚きと怒りをもたらした相手にも笑って手を握れるなんて。クルルギスザクの背後にいて、その表情を目の当たりにした僕は気が付けばしっとりと手のひらに汗をかいていた。


「お疲れ様、兄さん」
「ああ。……ロロ、今日は本当に助かった。お前があの場に居なかったことを考えるとぞっとする」
「そんな、僕はただ兄さんの為に……」
「俺はナナリーには嘘をつかないと決めているからな、スザクの目のあるあの場じゃその誓いを破りかねなかった。本当に感謝している」
「もういいよ兄さんたら。……兄さん今日は疲れてるでしょう、先にシャワー浴びちゃいなよ」
「……そうだな。すまないが、お先に」

 今日はあまりに多くのことが起きすぎて、一度一人きりで整理したかった。それはきっと兄さんも同じ事なんだと思う、彼が僕の薦めに素直に従うのは珍しいことだったから。
 僕のギアスの時間制限をついに兄さんに告げてしまった、これでいよいよ後戻りは出来ない。それこそ彼を殺さない限り。でも一度は彼を殺そうかと握り替えたナイフを彼は無害な野菜剥きのものへと戻してしまった。僕の手に優しく重ねてくれた手を彼自身の血で汚すことが出来るのか、もうわからない。それにヴィレッタ・ヌウにも僕の裏切りを見せた、これで実質的に僕が軍で所属する場所もいよいよなくなった。
「腹をくくれってこと……だよね」
 でも、まだ僕は迷っている。優しい兄、家族、それこそ僕が長年欲していたもの。もう僕の手を血で汚させないと言ってくれたのに……。
(ナナリーには嘘をつかない、か。兄さんは僕にだけは嘘をつかないって前に言ってくれた。……その言葉に嘘はない)
「それでも兄さんは彼女にも嘘をつかないって言ってた……僕だけじゃ、ないのか」
 わからない、ぼくにはわからないんだ。兄さんを信じたい、でも些細なことが何でこんなにも気になるんだ!

 その後、浴室から出てきた兄さんは数日後、新総督を拉致する計画を教えてくれた。そして、その場にお前を連れてはいけないから留守番をしていて欲しいと。
 僕が居れば闘いは有利になるはずなのに、僕に闘いの場が似合わないといってくれた前の言葉どおり、彼は僕を連れて行こうとはしなかった。その心遣いは嬉しかった。
 でも、ただ待ってるだけじゃ僕はいけない気がする。戦場で兄さんと一緒に戦うのが僕の役割なんじゃないか、そうじゃないと僕は……僕は!
 けれど僕よりはるかに頭の良い彼の計画の邪魔をするのは忍びないので、胸に迫る不安をむりやり押し隠して笑顔でこう言った。
「じゃあ僕、兄さんが元気で帰ってくるの、待ってるからね」
「ああ」
 兄さんは疲れてるのか、ひどく投げやりな口調で答えた。
Written by BAN 0512 08

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