暖かい冬
僕は今イレブンで初めての冬を迎えようとしていた。
ブリタニア本国での冬は厳しくて、寒さ以外のものに震えることもあったし本当に嫌なものだった。
でも今年の冬は僕にちょっとした安らぎをもたらしてくれる。
雪が降りにくい平野にあるトウキョウ租界は寒さを和らげ、そして僕の心を暖めてくれるのは。
「ごめん、ロロ。ブラックペッパーを買おうと思ってたのにすっかり忘れてた。ちょっとだけご飯遅くなるけど待てるか?」
「珍しいね、兄さんが買い忘れなんて。今から外に出かけたら寒いから、無くてもいいよ」
「何言ってるんだ。俺はいつもお前には最高の料理を食べさせると決めている。近くのコンビニだからすぐ戻れると思う、悪いがちょっと留守番しててくれ」
「仕方ないなー、僕もいくよ兄さん」
「ダメだ、外は寒いんだ。風邪をひいたらどうする?」
「ちゃんとコート着て行くから! こないだ兄さんと買いに行ったあのあったかーい奴。ね、お願い兄さん?」
「……しょうがないな、ちゃんとマフラーと手袋もしていくんだぞ」
「うん、急いで準備するから先に行かないでね」
「わかってる。慌てて転ぶんじゃないぞ」
ルルーシュ・ランペルージ。黒の騎士団を束ねるゼロの正体にして僕が監視する対象。
偽りの弟として寝食を共にし、ゼロの記憶が戻った場合にはすぐに殺すことになっている。だけど今のところ彼にその兆候はなく、いたって普通の『家族』としての生活を享受していた。ただ、この生活が例え見せ掛けのものだとしても、それが普通のものかどうかなんてわからない。普通がどういったものかだなんて、僕には……。
弟として与えられた『彼女』の部屋のクローゼットに、新品同様のコートを取りに行く。前の住人への申し訳なさもあってこの部屋に僕の私物はとても少ない。服にしたって、クローゼットのほんの片隅にある程度だ。でもこの服のすべてはルルーシュと街に出かけたときに彼が選んでくれたものばかりで。僕のためだけに選んでくれた、それが記憶の差し替えにしても、いずれは殺す相手から受けたものにしても、その事実は僕の心にほっとした暖かさをもたらしてくれた。
今回の任務を告げられた時、流石の僕も戸惑ってしまった。それを露にするとあの人に見捨てられてしまいそうだったから、いつも通りの無表情でただ「イエス、マイロード」と返したけど、内心はこんな任務うまく行きっこないって思ってた。
イレブンに来て、ルルーシュと会う直前まで、彼に深入りしないで時が来たらさっさと殺そうって考えてた。
でも、あいつは、ルルーシュは僕にあって最初に言ったことは「おかえり」って。ずっと家庭ってものを知らなかった僕に初めておかえりって言ってくれた人はいつか僕が殺さなければいけない人だった。
そして彼は僕に、僕だけのものをいくつもくれた。僕にはそれが涙が出るほど嬉しかったんだ。
姿見の前でコートを羽織り、クローゼットをパタンと閉める。急がないと。彼はいつものあの甘い微笑みを湛えながら待っているだろう。本当はあの笑みや彼の優しさが僕に向けられるべき物ではないことはよくわかってる。それでももう少しだけ、任務の終わりが来るまではこの揺りかごの様なまどろみに浸かっていたい。
終わりの時が来たならちゃんと殺すから、それまではあの人の弟でいたいんだ。
「ごめん兄さん、遅くなった」
「構わないさロロ。と、マフラーと手袋はどうした?」
「あー忘れちゃった。でもいいよ行こう兄さん。あんまり遅くなるとお腹減っちゃうよ」
「……仕方ないな、これでも巻いておけ」
そう言うとルルーシュは自分の首に巻いていたマフラーを僕の首にかけてくれた。ふわっとした風とともに彼の匂いがして、なんだか自分でも良く分からないけど顔がほてってしまう。気恥ずかしくて、思わず顔を伏せて、せっせとマフラーを首に巻きつける作業に集中することにする。
「よし、じゃあいくぞ」
「はーい」
玄関ホールから外に出ると、冬の寒さがすうっと体に染み込む。さっき火照った顔が冷やされ、とても気持ちよく感じた。ルルーシュを見るとやっぱり僕にマフラーをあげたせいかちょっと寒そうに見える。首を縮こませる様子がなんだかいつも僕の前でかっこつけているルルーシュらしくなくて、思わず笑ってしまった。
Written by BAN 0508 08