予感
領事館がテロリストに占領されるという、中華連邦史上例を見ない事件が起きたその日。
星刻は総領事室で忌々しい大宦官の一人・高亥の前に膝をつきながら一連の事態について考えていた。
その事態を引き起こしたのはゼロと言う男――イレブンにとってその名は多大なる意味を持つとかつて聞いたことがある。
在りし日本への懐旧、流されるまま虐げられる現状への不満、日頃心の奥底に押さえ込んでいるブリタニアへの反抗心。
そういったものを内包した希望そのもの。
イレブンにとって最早ゼロという言葉は単に人物を指す言葉ではなくなっていた。
それは星刻にとって打算抜きで本心から関心していた。
星刻もゼロと同じように、己の国の改革を望むものである。
ただ彼とは立場が違う。
星刻は彼が崇拝している方の為に改革を望むが、それ故に自分が旗印に立って扇動できない歯がゆさを日夜感じている。
その為民衆の前に姿を現し、民意を堂々と扇動するゼロのパフォーマンスには、畑違いといえどちょっとした羨望すら覚えていた。
「あのような小娘ではなくゼロ様が我が中華連邦の主導者であればどんなに良かったことか」
「……口が過ぎます高亥様」
「この場には我らしかおらぬ、聞かれて困る相手など誰もおりはせぬわ」
少し顔を俯けた星刻の前髪が彼の視界を覆い、同時に高亥から星刻の表情が見えなくなる。
名目上は高亥の部下であるからには形式的にでも礼を払わねばならない。
だが敬愛する己のただ一人の主を軽んじられた不快感を、目を眇めることで露わにした。
ただ、星刻は疑問に感じていた。
高亥を始めとする大宦官は天帝を軽んじているところがある。
今の中華連邦の体制からしてそれは明らかでもあったし、日ごろの態度からにじみ出ているものはあった。
しかし天帝派に属する星刻の前で直接口にするのは初めてのことだった。
(実に妙だ。高亥は元々小胆、天子様の廃嫡がありでもしない限り軽んじる発言を人前ではできぬ性質だ。そしてゼロに対するこの崇拝のほど……)
前日まで高亥の様子に変わった所はなかった。しかし黒の騎士団が領事館内に突入してきて以来、二言目にはゼロと枕詞に付く有様だ。
「ああ……ゼロ……。なぜ中華連邦を統べるのがゼロではないのか……もしあの小娘ではなくゼロが帝だったなら四六時中ゼロと一緒。あぁそれは何という幸福……」
だが。星刻は考えるのをやめた。この件に関して現状で答えなど出ない、まして出す必要などないからだ。
天子様への不敬、中華連邦に住まう病巣たる大宦官、そしてイレブンに赴任して以来手慰めに受けた辱め。
彼を誅する理由は山ほどある。
これまでは正当な理由がなかったが、突如として起きたこの事態を利用しない手はなかった。
未だゼロへの賛美を続ける高刻に形だけの礼で星刻は室内を辞する。
総領事室前に立っていた腹心の部下に通り過ぎさま軽く頷き、自らの懐に手を伸ばした。
そこに感じる使い慣れた得物。
自らにとって先ほどの黒の騎士団の闖入以上の事件になるだろうこれからの出来事に、星刻は彼らしからぬ血の昂ぶりを覚えた。
Written by BAN 0506 08